江戸���区の災害リスクと過去の被害年表|「ここにいては��メです」——区の7割がゼロメートル���帯の現実

2019年、江戸川区が全戸配布したハザードマップの表紙には「こ���にいてはダメです」と書かれていた。この衝撃的な一文が物語る通り、江戸川区は大規模水害時に区内にとどまることが危険な自治体である。

防災DBの統合リスクスコアは91(極めて高い)。洪水100・津波100��高潮100・地震100と、主要4項目で最高スコアを記録している。区の陸域の7割が海抜ゼロメートル地帯であり、荒川・江戸川・中川・旧中川に囲まれた低地に約70万人が暮らす。

その歴史は水害の歴史そのものだ。1947年のカスリーン台風では床上浸水30,506棟、1949年のキティ台風では12,545棟が浸水。1917年の大正高潮では死者240人を記録している。この記事では、防災DBの125mメッシュ解析データと過去100年超の災害記録を基に、江戸川区のリスクを解説する。


江戸川区の地形——なぜ「ここにいてはダメ」なのか

3本の大河川に挟まれた最下流の低地

江戸川区は荒川と江戸川という2本の大河川の最下流部に位置する。北には中川、区内には旧中川・新中川が流れ、東京湾にも面している。つまり「河川と海に完全に囲まれた土地」である。

地盤沈下の歴史も深刻だ。昭和期の地下水汲み上げにより最大4.5m沈下した地域があり、満潮時の水面よりも低いゼロメートル地帯が区の陸域の7割を占める。堤防とポンプによって日常的な浸水は防がれているが、想定を超える洪水・高潮が発生すれば、水は盆地状の区内に流入し、自然には排水されない。

��川・江戸川の同時氾濫シナリオ

防災DBの125mメッシュ解析データによると、江戸川区における主要河川の洪水リ���クは以下の通りである。

河川名 影響メッシュ数 最大浸水深 平均浸水深 最大浸水継続
荒川 3,446 10.0m 2.83m 336時間(14日)
江戸川 1,853 10.0m 2.01m 336時間
利根川 896 5.0m 3.73m 336時間
真間川 521 20.0m 2.32m 168時間
旧中川 264 3.0m 0.20m 336時間
中川 161 5.0m 1.10m 336時間

荒川と江戸川の両方で最大浸水深10mが想定されている点は見逃せない。10mは3階建て建物の屋上に相当する。利根川の平均浸水深3.73mも極めて高く、これは1階天井を大きく超える水位だ。

浸水継続時間は最大336時間(14日間)。排水ポンプが停止した場合、2週間以上にわたって水が引かない。江戸川区の「ここにいてはダメです」という警告は、この数値に裏打ちされている。


過去の主要災害——100年にわたる水害の記録

1910年(明治43年)8月 大水害

NIEDのデータベースに残る江戸川区最古の記録。利根川・荒川の増水により床上浸水3,654棟の被害が発生した。当時の江戸川区(小松川町・葛西村など)はまだ農村地帯であったが、低地の脆弱性はこの時点から明らかだった。

1917年(大正6年)10月 高潮災害——死者240人

大正6年の台風が大潮・満潮と重なり、東京湾の潮位が平均より約3m上昇した。東京府全体で死者・行方不明者563人という甚大な被害の中、江戸川区域では死者240人を記録している。

この高潮は被災地域では「大正六年の大津波」と呼ばれた。気圧の低下による吸い上げ効果と南風の吹き寄せ効果が同時に発生し、海水が低地に一気に流入した。現在の堤防整備以前の出来事だが、東京湾の高潮がいかに深刻な被害をもたらすかを示す歴史的事例である。

1938年(昭和13年)9月 大水害——浸水23,000棟

台風による大雨で荒川・中川が増水し、床上浸水23,000棟という壊滅的な被害が発生した。この数字は区内の相当数の住宅が水没したことを意味する��

1947年(昭和22年)9月 カスリーン台風——浸水30,506棟・死者1名

江戸川区の水害史上最大の災害。9月16日深夜に利根川の堤防が埼玉県で決壊し、濁流が東京東部に達した。床上浸水30,506棟、死者1名。葛飾区・足立区とともに泥海と化した。

カスリーン台風全体では死者1,077名、行方不明者853名。利根川水系の治水対策を根本から見直す契機となり、その後のダム建設や堤防強化の原点となった災害である。

1949年(���和24年)8月 キティ台風——浸水12,545棟

台風が満潮時に通過し、東京湾で高潮が発生。床上浸水12,545棟の被害。カスリーン台風からわずか2年後の再被災であり、この経験が昭和24〜32年にかけての第一次高潮対策事業を推進させた。

1958年(昭和33年)9月 狩野川台風

記録上は浸水被害の詳細データが欠損しているが、江戸川区地域防災計画に記載された風水害として残っている。

1958年(昭和33年)7月 大雨——浸水6,599棟

集中豪雨により床上���水6,599棟。排水能力を超えた内水氾濫が主因と推定される。

2019年 台風15号・19号

台風15号で床上4、床下4、半壊3、一部損壊38。台風19号で半壊1、一部損壊41。大規模な浸水被害には至らなかったが、荒川・江戸川の水位が危険水位に近づき、江東5区の広域避難計画が初めて実践的に検討された。


災害年表

災害名 主な被害 出典
1910 8月 大水害 床上3,654 NIED(江戸川区地域防災計画)
1917 10月 高潮災害 死者240 NIED(���戸川区地域防災計画)
1938 9月 大水害 床上23,000 NIED(���戸川区地域防災計画)
1947 9月 カスリーン台風 床上30,506、死者1 NIED(江戸川区地域防災計画)
1949 8月 キ���ィ台風 床上12,545 NIED(江戸川区地域防災計画)
1958 7月 大雨 床上6,599 NIED(江��川区地域防災計画)
1958 9月 狩野川台風 浸水あり(詳細不明) NIED
1961 10月 風水害 浸水あり(詳細不明) NIED
1966 6月 風���害 浸水あり(詳細不明) NIED
1971 8月 風水害 浸水あり(詳細不明) NIED
1981 10月 風水害 浸水あり(詳細不明) NIED
2019 9月 台風15号(房総半島台風) 床��4、床下4、半壊3、一部損壊38 NIED
2019 台風19号(東日本台風��� 半壊1、一部損壊41 NIED

1910年から2019年まで、約110年間で13件の災害が記録されている。特に1910年代〜1950年代は10年に1回以上の頻度で大規模水害が発生していた。1966年以降は堤防・排水施設の整備により被害が大幅に減少しているが、これは「水害が起きなくなった」のではなく「インフラが持ちこたえている」状態にすぎない。


地震リスク——震度6弱以上の確率は平均77.8%

防災DBの125mメッシュ解析(J-SHIS 2024年データ)によると、江戸川区の地震リスクは以下の通りである。

指標 平均値 最大値
30年以内に震度6弱以上 77.78% 95.21%
30年以内に震度5弱以上 100.0%
表層地盤S波速度(AVS30) 163.5 m/s

震度5弱以上は100%。震度6弱以上も約4分の3の確率で発生すると予測されている。AVS30が163.5m/sと軟弱地盤であり、地震動が増幅されやすい。

活断層としては立川断層帯(想定M6.8、30年発生確率1.35%)があるが、江戸川区にとってはプレート型の首都直下地震がより現実的な脅威となる。

液状化リスク

液状化スコアは60。江戸川区の南部(臨海部)は埋立地が多く、2011年の東日本大震災の際には都内湾岸部で液状化が確認された。江戸川区内での大規模な液状化被害は報告されていないが、より大きな地震では発生するリスクがある。


高潮・津波リスク

高潮——1917年の再来は防げるか

高潮スコアは100防災DBの解析では8,619メッシュが津波・高潮の影響範囲に入っている。1917年の大正高潮は東京湾の潮位が3m上昇し、ゼロメートル地帯に壊滅的な被害をもたらした。

現在は高潮防潮堤が整備されているが、想定を超える台風(スーパー台風)が満潮と重なった場合、堤防を越える高潮が発生する可能性は否定できない。

津波

津波スコアは100。東京湾内の津波は外洋と比べて波高は低いが、ゼロメートル地帯では微小な水位上昇でも浸水リスクがある。


江東5区の広域避難計画——「域外避難」が原則

江戸川区は江東区・墨田区・足立区��葛飾区とともに「江東5区」として、大規模水害時の広域避難計画を策定している。

計画の要点

  • 対象人口: 約249万人(5区合計)
  • 避難方針: 浸水域外への「域外避難」が原則
  • タイミング: 台風接近の3日前から段階的に避難開始
  • 避難先: 5区の外——親戚・知人宅、ホテル、公共施設

江戸川区のハザードマップが「ここにいてはダメです」と明記したのは、区内の避難所自体が水没するリスクがあるためだ。従来の「最寄りの避難所に逃げる」は通用しない。


避難施設

江戸川区内には163箇所の避難施設が指定されている。ただし、大規模水害シナリオでは区外避難が推奨されるため、区内避難所は地震や小規模水害向けと位置づけるのが適切である。


今からできる備え

1. ハザードマップを確認する

2. 域外避難先を確保する

江戸川区に住む以上、「水害時に逃げる先」を区外に確保しておくことが最も重要な防災対策である。浸水域外の知人宅・親戚宅・ホテルなどを事前にリストアップしておく。

3. 備蓄は2週間分

浸水継続が最大14日間と想定されている。通常の「3日分」では不足する。

4. 高層階への「垂直避難」は最終手段

域外避難が間に合わなかった場合、マンションの高層階への垂直避難は命を守る最終手段となる。ただし、浸水が2週間継続する場合、電気・水道・ガスが停止した高層階での生活は極めて困難になる点を理解しておく必要がある。


データ出典