市川市の災害リスクと歴史【千葉県】水害・高潮・地震の記録

千葉県市川市は、防災DBの統合リスクスコアで91点(極めて高い)を記録する。洪水・津波・高潮・地震の全スコアが最高水準(各100点)に達しており、関東圏でも有数の複合リスクを抱える都市だ。人口約50万人を擁するこの街は、北部の下総台地と南部のゼロメートル地帯という対照的な地形の上に成り立っており、南部行徳地区を中心に、大規模水害が繰り返されてきた歴史がある。

過去に記録された災害事例は66件以上(NIED消防科学総合センター調べ)。1917年の東京湾大高潮では市内で13名が死亡、1958年の狩野川台風では2,456棟が床上浸水した。この記事では、防災DBの125mメッシュ解析データと過去の災害記録をもとに、市川市の全リスクを詳細に解説する。


この街の地形が生むリスク構造

市川市を理解するうえで欠かせないのが「南北の地形差」だ。

北部(下総台地): 国府台・中山・大野エリアは海抜20〜30mの台地。里見公園内(国府台)の30.1mが市内最高地点で、洪水リスクは低い。

南部(沖積低地・ゼロメートル地帯): 行徳・南行徳・妙典エリアは海抜ほぼ0m。江戸時代から続く塩田・干潟を埋め立てた土地で、最低地点は福栄地先の0.1m。東京湾に面し、隣接する江戸川・旧江戸川・荒川放水路の三方に囲まれたこのエリアは、日本有数のゼロメートル地帯だ。

この地形的特性から、市川市では以下の4つのリスクが高位で重なる:

  1. 河川洪水(江戸川・荒川・利根川・真間川)
  2. 高潮・津波(東京湾に直接面する行徳地区)
  3. 地震動増幅(軟弱な沖積地盤、Avs30平均187m/s)
  4. 液状化(埋立地の砂質地盤)

過去の主要災害:詳細記録

1917年10月1日 大正東京湾高潮

明治以降最大の高潮災害として記録される。台風による東京湾岸の大高潮は、当時まだ整備が進んでいなかった行徳・浦安沿岸を直撃した。

市川市史の記録によると、この高潮だけで死者13名・負傷者15名、床上浸水1,227棟、全壊23棟・半壊242棟(一部地区のみの集計)。別地区の記録では床上浸水588棟・全壊4棟・半壊94棟という数値も残る。複数の地区を合算すると、全壊棟数は30棟を超えていたとみられる。

この時代、行徳地区は防潮堤が現在と比べて脆弱で、東京湾の高潮が江戸川河口から逆流して内陸に押し寄せた。犠牲者の大半は行徳・本行徳地区の住民だったとされている(市川市史)。

1923年9月1日 関東大震災

マグニチュード7.9の関東地震は、市川市内でも甚大な被害をもたらした。地震による死者は少なくとも14〜15名(複数の史料記録から合算)、建物全壊は複数棟が記録されている。

市川市は震源(相模湾北西部)から約80km離れていたが、南部の軟弱地盤(行徳地区の埋立地・沖積低地)が地震波を増幅させ、揺れを大きくした。関東大震災後の研究では、ゼロメートル地帯での液状化現象も確認されている。

市内の市川大神宮・真間手児奈堂など歴史的建造物にも被害が及び、地域の復興には数年を要した。

1958年9月26日 狩野川台風

市川市史上最大規模の洪水被害をもたらした台風。神奈川県三浦半島に上陸した狩野川台風は、伊豆・神奈川で甚大な被害を出した後(全国死者888名)、東京湾を縦断して千葉方面にも豪雨をもたらした。

市川市での被害は、床上浸水2,456棟・床下浸水2,560棟、全壊2棟・半壊2棟。市内各地を流れる江戸川・真間川が氾濫し、北部台地と南部低地の境界線付近まで浸水が拡大した。真間川は木造家屋が立ち並ぶ八幡地区にまで越水した記録が残る。

狩野川台風は翌1959年の伊勢湾台風と並んで、日本の治水・防災政策を転換させた「昭和の大水害」の一つとして位置づけられる。市川市では同台風を契機に江戸川堤防の強化工事が加速した。

1966年6月28日 集中豪雨による洪水

床上浸水462棟・床下浸水3,442棟という、データ上の最大浸水棟数を記録した豪雨。真間川流域を中心に、東京湾へ排水しきれない内水氾濫が発生した。全壊1棟。

このように1960年代は洪水が頻発している。1963年6月4日に床下1,272棟、同年8月25日に床下996棟、1965年9月17日に床下994棟(全壊1棟)など、記録的な浸水が毎年のように繰り返された時代だ。江戸川流域の開発が進む一方で排水インフラが追いつかない状況が続いていた。

2019年9月 令和元年台風15号(房総半島台風)

令和元年に市川市では二つの台風が直撃した。9月の台風15号(令和元年房総半島台風)では全壊1棟・半壊23棟・一部損壊221棟、床上浸水5棟・床下14棟。10月の台風19号(令和元年東日本台風)では半壊2棟・一部損壊80棟が追加で発生した。

台風15号では最大瞬間風速が観測史上最大規模となり、市内でも倒木による電線切断・屋根被害が相次いだ。近年の台風による被害が「風害」と「浸水」の複合被害になっている点は見逃せない。


過去の災害記録(年表)

月日 災害名・種別 主な被害
1917 10/1 大正東京湾高潮 死者13名、床上1,227棟・全壊23棟・半壊242棟
1923 9/1 関東大震災 死者14〜15名、建物損壊多数
1938 6/29 豪雨 床上1,200棟・床下1,800棟
1941 7/22 豪雨 床上176棟・床下1,056棟
1949 8/31 キティ台風 床上60棟・床下272棟、全壊7棟・半壊8棟
1958 9/26 狩野川台風 床上2,456棟・床下2,560棟(市史上最大洪水)
1961 10/10 台風 床下1,486棟、全壊1棟
1963 8/29 豪雨 床上13棟・床下1,165棟
1965 9/17 台風 床下994棟、全壊1棟
1966 6/28 集中豪雨 床上462棟・床下3,442棟(浸水棟数最多)
1966 9/24 台風 床下70棟、全壊7棟
1968 9/1 台風 床下100棟
1971 8/31 豪雨 床上26棟・床下518棟
1972 7/12 昭和47年7月豪雨 床下77棟
1972 9/16 台風20号 床下13棟
2010 5/23 大雨 床下7棟、河川被害3件
2019 9 台風15号(房総半島台風) 全壊1・半壊23・一部損壊221棟
2019 10 台風19号(東日本台風) 半壊2・一部損壊80棟

出典:NIED消防科学総合センター・市川市史


洪水リスク:6つの河川が市内を網羅

防災DBの125mメッシュ解析によると、市川市内を流れる主要河川の洪水浸水想定は以下の通りだ。

河川名 影響メッシュ数 最大浸水深 平均浸水深 最大継続時間
江戸川 3,425 10m 2.42m 336時間(14日間)
荒川 2,524 5m 2.53m 336時間
利根川 1,476 10m 3.14m 336時間
真間川 1,208 20m 1.83m 168時間
海老川 472 5m 0.78m 168時間
中川 201 5m 0.99m 336時間

浸水深の目安:0.5m = 膝上1m = 腰まで2m = 1階天井付近3m = 2階床上5m = 2階天井10m = 3〜4階相当

特に注目すべきは真間川の最大浸水深20mという数値だ。これは市街地中心部を流れる排水不良区域での極端シナリオだが、内水氾濫と合わせた複合浸水リスクを示している。江戸川(最大10m)・利根川(最大10m)も破堤した場合の被害は甚大で、継続時間が最長336時間(2週間)に達することは、長期間の浸水孤立状態を意味する。

市内のうち、最も危険なゾーンは行徳・南行徳・妙典の江戸川沿い低地と、八幡・市川・菅野の真間川流域だ。

なぜ市川南部は水害に弱いのか

行徳地区が繰り返し水害に見舞われる理由は、地形と歴史にある。この地域はもともと東京湾の干潟・塩田地帯で、江戸時代以降に順次埋め立てが進んだ。海抜ゼロメートル以下の土地も存在し、降雨が多くなるとポンプで強制排水しなければ水が引かない「人工的に維持されている陸地」だ。台風や集中豪雨でポンプが能力不足に陥ると、たちまち浸水する。


高潮・津波リスク:東京湾に面する脆弱性

防災DBの沿岸リスクデータでは、市川市内に11,068メッシュが津波・高潮の影響を受ける区域として分類されている。これは市全体のメッシュ数のうち非常に高い割合を占める。

津波スコア100点・高潮スコア100点という最高値は、東京湾奥部の特性を反映している。東京湾は口が狭く、津波エネルギーが集中しやすい。1917年の高潮災害では、台風の暴風と高潮が重なって市内で13名が命を落とした。

最大浸水深想定:津波20m・高潮20m(最悪シナリオ)。南部行徳地区では、大規模地震(相模トラフ地震等)と台風高潮の複合リスクが特に高い。


地震リスク:30年以内に震度6弱以上の確率69%

地震リスクも極めて高い水準にある。防災DBの解析では:

  • 震度6弱以上の30年確率:平均69.18%、最大97.14%
  • 震度5弱以上の30年確率:平均99.99%(ほぼ確実)
  • 表層地盤Avs30:平均187.3m/s(軟弱地盤の基準200m/sを下回る)

Avs30(表層地盤のS波速度)が200m/sを下回るほど、地震波は地表で増幅されやすくなる。市川市南部の埋立・沖積地盤は特に軟弱で、地震動が大きく増幅される地域だ。

隣接する古川断層帯(戸市川断層)はM6.8、30年発生確率0.11%。関東全体では内陸直下型地震と相模トラフ沿いの海溝型地震のどちらもリスクが存在する。特に首都圏直下地震(M7クラス)が発生した場合、市内の軟弱地盤では被害が増大すると予測されている。

液状化リスクも無視できない(液状化スコア60点)。行徳・妙典の埋立地では、大地震発生時に地盤が液状化し、建物の傾斜・沈下・道路陥没が起きる可能性がある。


土砂災害リスク:北部台地の斜面に要注意

土砂災害ハザード区域数は28区域、影響メッシュ数は53と、洪水や高潮に比べると限定的だ。主に北部の下総台地の縁(国府台・中山・大野周辺の斜面)で土砂災害警戒区域が指定されている。

台地から低地へ移行する急斜面には、大雨時に崖崩れ・土石流の危険がある。特に大雨と地震が重なった場合(地震による地盤緩みへの降雨)は警戒が必要だ。


主な避難施設(143か所)

市川市内には143か所の避難施設が整備されている(出典:国土交通省 国土数値情報)。以下は主要な施設の例だ。

施設名 住所 種別
千葉商科大学 国府台1-3-1 一時避難場所・避難所予定施設
和洋学園 国府台2-3-1 一時避難場所・避難所予定施設
国府台スポーツセンター 国府台1-6-4 一時避難場所・避難所予定施設
中国分小学校 中国分1-22-1 小学校避難拠点・避難所予定施設
八幡小学校 八幡3-24-1 小学校避難拠点・避難所予定施設
南行徳中学校 南行徳2-2-2 一時避難場所・避難所予定施設
南新浜小学校 新浜1-26-1 小学校避難拠点・避難所予定施設
下貝塚中学校 下貝塚3-13-1 一時避難場所・避難所予定施設
信篤小学校 原木2-16-1 小学校避難拠点・避難所予定施設
ニッケコルトンプラザ 鬼高1-1-1 一時避難場所
イオン市川妙典店駐車場 妙典4-4-1 一時避難場所

重要: 行徳・南行徳地区は最もリスクが高いエリアだが、海抜ゼロメートルの低地にある避難施設は、大規模洪水・高潮時には孤立する可能性がある。事前に「どの施設が高台にあるか」「浸水した場合に徒歩で到達できるか」を確認しておくことが不可欠だ。


今からできる備え

市川市が抱える複合リスクに備えるには、以下の行動が有効だ。

1. ハザードマップを確認する
市川市公式の水害ハザードマップ(洪水・内水・高潮・津波)は、市公式サイトから無料でダウンロードできる。自宅・職場・学校それぞれの浸水深を事前に把握しておくこと。

2. 避難場所を複数確認する
行徳・南行徳地区の住民は、自宅が浸水した場合に徒歩で到達できる「高台の避難場所」を複数選んでおく必要がある。江戸川が破堤すると道路が浸水し、車での移動が困難になるため、早めの自主避難が命を守る。

3. 液状化への備え
埋立地に住む場合は、液状化によるライフライン断絶(水道・ガス・電気)を想定した備蓄(水7日分以上、食料3日分以上)を用意する。

4. 気象情報・防災アラートの事前設定
- 市川市防災メール(市公式サービス)
- ヤフー防災速報アプリ
- NHKニュース・気象庁防災情報


データ出典

データ種別 出典
統合リスクスコア・メッシュ解析 防災DB(bousaidb.jp) — 125mメッシュ解析(2024年版)
過去の災害事例 NIED消防科学総合センター 自然災害データベース、市川市史
地形・地盤情報 国土地理院、市川市公式資料
避難施設 国土交通省 国土数値情報 nlftp_p20(2023年)
活断層 産業技術総合研究所 活断層データベース
地震確率 地震調査研究推進本部 確率論的地震動予測地図(2024年版)
洪水浸水想定 国土交通省 洪水浸水想定区域データ
津波・高潮浸水想定 内閣府・各都道府県 浸水想定データ

本記事のデータは2024〜2025年時点のものです。最新のハザードマップ・避難場所情報は、市川市公式サイトで必ず確認してください。


防災DB編集部 / 2026年4月更新