川崎市の災害リスクと過去の被害 — 多摩川・鶴見川が招く水害と地震の脅威

川崎市では1950年代以降だけで100件を超える自然災害が記録されている。防災DB(bousaidb.jp)の125mメッシュ解析による統合リスクスコアは92点(極めて高い)で、洪水・津波・高潮はいずれも満点の100点。「東京に隣接する工業都市」というイメージとは裏腹に、この街は日本有数の水害脆弱都市でもある。

もっとも深刻だった被害は、1958年9月の狩野川台風だ。死者19名・床上浸水9,316棟・床下浸水19,551棟という壊滅的な被害を神奈川県川崎市の多くの地区にもたらし、「川崎の記憶」として市の地域防災計画に刻まれている。その60年後、2019年の台風19号では武蔵小杉のタワーマンションが浸水し、都市型水害の新たな局面を世に知らしめた。


この街の災害リスクの特徴

川崎市は神奈川県の北東端、多摩川をはさんで東京都に接する人口約154万人の政令指定都市だ。川崎区・幸区・中原区・高津区・宮前区・多摩区・麻生区の7区で構成され、南部は東京湾に面している。

この地の地形が、すべてのリスクの根源にある。

南部(川崎区・幸区)は多摩川の河口三角州と東京湾の海岸低地が重なる地帯だ。かつての湿地や干潟を埋め立てた沖積低地は地下水面が高く、地盤沈下によって一部はゼロメートル地帯となっている。大雨が降っても水が自然排水されにくい構造だ。

中部(中原区・高津区)は多摩川と鶴見川に挟まれた氾濫平野で、もとは水田が広がっていた平坦な低地帯。宅地化が進んだ現在も、地盤の軟弱さと川との高低差の小ささは変わっていない。

防災DBの125mメッシュ解析では、川崎市内の洪水浸水想定区域は22万4,396メッシュ(最大浸水深20m超)、高潮・津波想定区域は13万5,395メッシュに及ぶ。面積換算で市域の大半が何らかの浸水リスクにさらされている計算だ。


なぜ川崎市は水害に弱いのか

水害脆弱性の三重構造を理解することが、川崎市の防災の起点となる。

① 多摩川・鶴見川の存在
多摩川は山梨県笠取山(標高1,953m)に源を発し、川崎市南部で東京湾に注ぐ一級河川だ。上流の丹沢山地に大雨が降ると数時間以内に河川水位が上昇し、支流の三沢川・大栗川・平瀬川にも逆流が発生する。鶴見川は下流部の勾配が極めて緩く(1/3,000〜1/5,000)、洪水のはけが悪い。

② 排水樋管問題
2019年の台風19号で明らかになったのが「排水樋管からの逆流」という都市型水害の落とし穴だ。多摩川の水位が内水路の水位を上回ると、本来は川に向かって流れるはずの排水が逆流し、市街地に氾濫水として流入する。山王排水樋管など複数の樋管から逆流した水が、武蔵小杉の低地帯を水没させた。

③ 軟弱地盤と液状化リスク
平均地盤S波速度(AVS30)は263 m/sで、地震時の揺れ増幅リスクが高い。川崎区の臨海部では埋立地や軟弱な沖積層が広がり、大地震時の液状化リスクも高い。


過去の主要災害(詳細記録)

① 1958年 狩野川台風 — 川崎最大の風水害

1958年9月26日夜、台風22号(狩野川台風)が静岡県狩野川流域を中心に記録的な大雨をもたらしながら神奈川県江の島付近に上陸した。川崎市内への被害は翌27日にかけて拡大した。

項目 数値
死者 19名
負傷者 11名
床上浸水 9,316棟
床下浸水 19,551棟
全壊 73棟
半壊 64棟

川崎市全体で約2万9,000棟が浸水した。特に多摩川沿いの川崎区・幸区の低地帯で大規模な河川氾濫が発生し、住宅地が泥水に沈んだ。この台風は全国では死者888名・行方不明381名を出した昭和最大の風水害であり、川崎の記録は市地域防災計画に今も一次資料として残されている。

② 1966年6月 — 昭和最大の浸水被害

1966年6月27日の集中豪雨では、床上浸水3,315棟・床下浸水14,569棟、全壊8棟・半壊14棟という川崎市史上最大規模の浸水被害を記録した。被害件数でいえば狩野川台風を上回る。当時の川崎市の住宅ストックと下水道の未整備状況を反映した被害であり、その後の河川改修や下水道整備の契機となった。

③ 1989年8月 台風11〜13号

1989年8月1日、台風11〜13号の影響による豪雨が川崎市を直撃した。

項目 数値
死者 6名
床上浸水 283棟
床下浸水 1,097棟

高度成長期以降の宅地化が進んだエリアでの浸水被害として記録されており、雨水排水能力の限界を示した事例だ。

④ 2011年3月 東日本大震災

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(M9.0)では、震源から350km離れた川崎市でも影響が出た。

項目 数値
死者 2名
一部損壊 133棟

死者2名はいずれも地震に関連した事故によるものとされている(川崎市地域防災計画)。建物被害は局所的だったが、液状化被害や地盤沈下が臨海部の一部で確認された。

⑤ 2019年10月 令和元年台風19号 — 武蔵小杉が水没した夜

令和元年台風19号(ハギビス)は、2019年10月12日夕刻に神奈川県に上陸した。川崎市では多摩川の水位が観測史上最高水準に達し、複数の排水樋管から逆流が発生した。

項目 数値(BQデータ:市地域防災計画)
死者 1名(高津区・60代男性)
床上浸水 629棟
床下浸水 278棟
全壊 22棟
半壊 522棟

この台風で世間の注目を集めたのが武蔵小杉のタワーマンション浸水だ。中原区のパークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワーは地下3階の電気設備室が浸水・停電し、エレベーターと上下水道が断絶した。完全復旧まで約2週間を要した。浸水の原因は多摩川の水位上昇による排水樋管からの逆流水で、タワマン直下の地下に流入したとされる。

この台風を機に、川崎市は樋管の遠隔操作化や逆流防止弁の設置など、排水インフラの抜本見直しに着手している。


災害年表(1950年代以降)

年月 災害名・種別 死者 主な建物被害
1949年8月 キティ台風 1 全壊109・半壊475
1958年9月 狩野川台風 19 全壊73・床上9,316
1966年6月 集中豪雨 床上3,315・床下14,569
1972年7月 昭和47年7月豪雨 床上250・床下2,208
1976年9月 台風17号 床上1,155・床下4,646
1982年9月 台風18号 床上846・床下3,148
1985年7月 集中豪雨 床上290・床下2,855
1989年8月 台風11〜13号 6 床上283・床下1,097
1991年9月 台風17〜19号 床上141・床下321
2001年9月 台風15号 全壊1・床上38
2004年10月 台風22号 全壊4・床上27
2009年10月 台風18号 床上10・床下312
2011年3月 東日本大震災 2 一部損壊133
2019年10月 台風19号 1 全壊22・半壊522

出典:防災科学技術研究所(NIED)自然災害情報室・川崎市地域防災計画(平成30年度・令和2年度修正)


洪水・浸水リスク(防災DB 125mメッシュ分析)

防災DBの125mメッシュ解析で、川崎市に洪水浸水リスクをもたらす主要河川を評価した。

河川名 影響メッシュ数 最大浸水深 最大継続時間
呑川 5,487 5m 336時間(14日間)
鶴見川 4,348 10m 336時間
多摩川 3,211 10m 336時間
丸子川 2,570 5m 72時間
浅川 2,567 10m 336時間
三沢川 1,719 10m 72時間
大栗川 1,224 10m 336時間
境川 793 5m 24時間

浸水深10mとは2階建て住宅が完全に水没するレベルだ。5mでも1階天井まで水が来る。最大継続時間336時間(14日間)というデータは、氾濫が一夜で終わるものではなく長期化するリスクを示している。

影響メッシュ数が最多の呑川は中原区〜高津区を流れ、住宅密集地を貫通する。鶴見川・多摩川・浅川の浸水深はいずれも最大10mに達し、浸水継続時間の長さは中小河川の大栗川・三沢川と比較して際立っている。

川崎市の洪水ハザードマップは区ごとに公開されている。自宅・職場の浸水想定は 川崎市洪水ハザードマップ で確認できる。


地震リスク — 首都直下と相模トラフ

防災DBの地震確率データ(地震調査研究推進本部 2024年時点)によれば、川崎市内では:

  • 震度6弱以上30年確率: 平均48.8%、最大94.8%
  • 震度5弱以上30年確率: 平均99.6%、最大100%
  • 平均地盤S波速度(AVS30): 263 m/s(軟弱)

震度6弱以上の確率が平均48.8%という数値は、日本の主要都市の中でも突出して高い部類に入る。最大値94.8%を記録するメッシュは臨海部の軟弱地盤エリアに集中している。

地域を揺らす可能性のある主要地震は2種類ある。

首都直下地震(南関東直下M7クラス)は、フィリピン海プレートと北米プレートの境界付近で発生するタイプで、政府の中央防災会議は今後30年以内の発生確率を70%と推計している(2024年時点)。震源が川崎市の直下になる場合、揺れは震度7に達する可能性がある。

相模トラフ沿いの大地震は1703年元禄地震(推定M8.1)や1923年関東大震災(M7.9)として過去に繰り返されてきた。政府の評価では相模トラフでのM8クラス地震の30年確率はやや低いとされるが、一度発生すれば関東大震災規模の揺れが想定される。

活断層では立川断層帯(M6.8想定・30年確率1.35%)が川崎市域北西部の地下まで影響を持つ可能性がある。


津波・高潮リスク

川崎市は東京湾に面しており、防災DBの解析では津波・高潮の影響メッシュ数は1万7,871メッシュに達する。これは市内総メッシュ数のうち相当な割合だ。

津波スコア・高潮スコアはともに100(満点)。津波最大浸水深の下限推計値は20m超(想定最大規模)。ただし東京湾は外洋に比べて湾内の津波波高が減衰する地形的特性があり、神奈川県の津波浸水想定(2022年改定)では沿岸部で最大2〜3mの津波浸水が想定されている。

高潮リスクの方が実際の発生頻度という点では津波より高い。台風接近時に気圧低下と強風が重なると、海面が異常上昇して臨海低地に流入する。川崎区・幸区の臨海部はこのリスクが最も高いエリアだ。


土砂災害リスク

川崎市西部〜北部の麻生区・多摩区には多摩丘陵の樹林地が残り、急傾斜地や谷地形が点在する。土砂災害ハザード区域は276区域(防災DB集計)で、125mメッシュ解析での土砂災害影響メッシュは987。

1958年の狩野川台風でも川崎市内で崖崩れが多発しており、台風豪雨時の土砂災害リスクは南部の水害とは異なる形で西部・北部に集中している。土砂災害ハザードマップは 川崎市公式ページ で区ごとに公開されている。


川崎市内の主要避難施設

川崎市内には173か所の指定避難所がある(防災DB・国土数値情報2024年時点)。主要施設を以下に示す。

施設名 住所 種別
さくら小学校 川崎区池上新町1-1-3 避難所
京町小学校 川崎区京町1-1-4 避難所
京町中学校 川崎区京町3-19-11 避難所
南加瀬小学校 幸区南加瀬4-24-1 避難所
南加瀬中学校 幸区南加瀬3-10-1 避難所
下平間小学校 幸区下平間175 避難所
中原小学校 中原区小杉御殿町1-950 避難所
中原中学校 中原区小杉陣屋町1-24-1 避難所
上丸子小学校 中原区上丸子八幡町815 避難所
久本小学校 高津区久本3-11-3 避難所
三田小学校 多摩区三田3-6-4 避難所
はるひ野小・中学校 麻生区はるひ野4-8-1 避難所

避難所の詳細・場所・収容人数は かわさきハザードマップ(インタラクティブ版) で地図検索できる。


今からできる備え

公式防災ページを確認する

  • 川崎市防災ポータルサイト(ハザードマップ含む): https://portal.kikikanri.city.kawasaki.jp/hazardmap/hazardmap.html
  • 川崎市:防災マップ・ハザードマップ一覧: https://www.city.kawasaki.jp/bousai/category/292-1-3-0-0-0-0-0-0-0.html
  • 洪水ハザードマップ: https://www.city.kawasaki.jp/530/page/0000018174.html
  • 土砂災害ハザードマップ: https://www.city.kawasaki.jp/500/page/0000017971.html

具体的なアクション

台風19号の経験が示すように、排水樋管の逆流は「大雨特別警報が出てから」では遅い。「多摩川の水位が○○mを超えたら避難」という自分なりの判断基準を持ち、早期避難を習慣にすることが重要だ。

  1. ハザードマップで自宅の浸水深を確認する — 「避難するかしないか」の判断基準にする
  2. 最寄りの避難所を2〜3か所確認する — 最初の避難所が満員になるケースを想定
  3. 3日分の備蓄を用意する — 水(1人3L×3日分)・食料・医薬品
  4. 非常時持出袋を玄関に置く — 夜間避難に対応するためヘッドランプも必須
  5. マンション居住者は地下設備の浸水対策を確認する — 台風19号を教訓に、タワーマンションでは止水板の設置状況を管理組合に確認

防災DB(bousaidb.jp)では川崎市内を125mメッシュ単位で詳細に検索できる。自宅の座標での洪水深・地震確率・土砂災害リスクを無料でAPIから取得可能だ。


データ出典

データ 出典 取得時点
統合リスクスコア・各種リスク指標 防災DB(bousaidb.jp) — 国土交通省・内閣府等の公開データを統合 2024年時点
過去の災害事例・被害数 防災科学技術研究所(NIED)自然災害情報室
川崎市の災害記録 川崎市地域防災計画(震災対策編・風水害対策編)平成30年度・令和2年度修正
地震確率データ 地震調査研究推進本部 全国地震動予測地図2024年版 2024年
活断層データ 地震調査研究推進本部 活断層評価 2024年時点
避難施設データ 国土数値情報 避難施設データ(国土交通省) 2024年時点
地形・地質情報 国土地理院、地盤情報データベース
台風19号被害詳細 川崎市台風第19号関連特設ページ、内閣府災害情報 2019年
狩野川台風被害詳細 気象庁 異常気象レポート1958年

著者:防災DB編集部
最終更新:2026年4月