震災の記憶と山と海に挟まれた都市——神戸市の災害プロファイル

人口約150万人を擁する兵庫県の県庁所在地・神戸市は、背後に六甲山系、眼前に大阪湾を抱える南北わずか数kmの帯状の市街地に人と資産が集中する。1995年1月17日、この街を壊滅させた阪神・淡路大震災は、神戸市だけで4,571人の命を奪い、67,421棟の住宅を全壊させた。日本の都市防災の転換点となったこの震災から30年以上が経過した今も、神戸市の災害リスクは決して過去のものではない。

防災DBの統合リスクスコアは92点(極めて高い)。洪水100、津波100、高潮100、土砂災害50という評価は、六甲山系の急峻な地形と大阪湾岸の低地、そして複数の活断層が交差する地学的条件を反映している。

神戸市のNIED災害事例データベースには30件の災害が収録されている。その大半は地震の有感記録だが、水害・土砂災害の破壊力は地震に劣らない。1967年の六甲山系水害では死者・行方不明者92人、2008年の都賀川水難事故では児童を含む5人が亡くなっている。


六甲山と大阪湾——なぜ神戸は災害に弱いのか

神戸市の災害リスクを理解するには、「六甲山系」「大阪湾」「活断層」の3つのキーワードが不可欠だ。

六甲山系がもたらす水害・土砂災害

六甲山系は最高峰931mの山塊が海岸線から直線距離わずか3〜5kmに迫る。この急峻な地形が、大雨時に2つの致命的なリスクを生む。

第一に、山地河川の急激な増水。六甲山系から大阪湾に注ぐ河川は、流路延長が短く勾配が急なため、上流の降雨が10〜20分で下流市街地に到達する。2008年の都賀川水難事故では、局地的豪雨によりわずか2分間で水位が1.3m上昇し、河川敷にいた16人が流されて5人が死亡した(うち小学生2人、幼稚園児1人)。

第二に、花崗岩風化土の土砂災害。六甲山系の基盤岩である花崗岩は風化するとマサ土と呼ばれる砂状の土壌になり、降雨で容易に崩壊する。防災DBの125mメッシュ解析では、神戸市域内に36,464メッシュもの土砂災害リスク区域が検出されている。これは全国の市区町村の中でも極めて多い数値だ。

大阪湾岸の津波・高潮リスク

神戸市は大阪湾に面する長い海岸線を持ち、ポートアイランドや六甲アイランドなどの人工島も抱える。沿岸部には10,265メッシュの津波・高潮リスクが存在する。特に埋立地では液状化のリスクも加わり、地震と津波の複合災害への備えが求められる。


過去の主要災害——神戸を襲った災害の全容

1995年(平成7年)阪神・淡路大震災

1995年1月17日午前5時46分、淡路島北部を震源とするM7.3の直下型地震が発生。六甲・淡路島断層帯が動き、神戸市では最大震度7を記録した。

NIEDデータセットには被害数値が収録されていないため、神戸市公式データを補完する。

項目 神戸市の被害 全体(兵庫県含む)
死者 4,571人 6,434人
全壊家屋 67,421棟 104,906棟
半壊家屋 144,274棟
避難者(ピーク) 約23万人 約32万人

死亡者の約59%が60歳以上の高齢者で、死因の大半は家屋倒壊による圧死・窒息死だった。特に長田区・灘区・東灘区では木造密集市街地が壊滅的な被害を受け、長田区では地震直後に発生した火災が燃え広がり、街区ごと焼失する惨事となった。

この震災は日本の耐震基準、都市防災、ボランティア活動のあり方を根本から変えた。神戸市が現在進める「災害に強いまちづくり」の原点である。

1967年(昭和42年)7月豪雨——六甲山系水害

1967年7月9日、台風7号に刺激された梅雨前線により、六甲山系で記録的な豪雨が発生。山腹崩壊と河川氾濫が同時に起こり、神戸市で死者84人、行方不明8人という甚大な被害をもたらした。

項目 被害
死者 84人
行方不明 8人
全壊・流出 361棟
半壊 376棟
床上浸水 7,759棟
床下浸水 29,762棟

中央区(当時の葺合区)一ノ原地区では、四ツ木山の斜面が約5,200m³にわたって崩壊し、下方の集落を呑み込んで21人が犠牲となった。六甲山系の花崗岩風化土(マサ土)が大量の雨水を含んで一気に崩落する「表層崩壊」の典型例であり、この災害を契機に六甲砂防事業が本格化した。

2008年(平成20年)都賀川水難事故

2008年7月28日午後、灘区の都賀川で局地的豪雨により突然の増水が発生。河川敷で遊んでいた親子連れや学童保育の児童16人が濁流に巻き込まれ、5人が死亡した。

都賀川は六甲山系から大阪湾まで流路延長わずか1.8kmの典型的な「天井川」型の都市河川。上流の染海谷付近に降った局地的豪雨が一気に流下し、水位計の記録ではわずか2分で水位が1.3m上昇、15分以内に2m以上の増水が起きた。晴れていた下流域の住民や子どもたちにとって、突然の濁流は全く予測不能だった。

この事故は「山が近い都市河川の恐ろしさ」を全国に知らしめ、河川水位の急上昇に対する警報システム整備のきっかけとなった。

災害年表

月日 災害名 種別 主な被害 出典
1938 7月 阪神大水害 風水害 死者616人(兵庫県全体)、六甲山系の大規模崩壊 六甲砂防事務所
1967 7月9日 昭和42年7月豪雨 風水害 死者84人、行方不明8人、全壊361棟 神戸市・六甲砂防
1995 1月17日 阪神・淡路大震災 地震 死者4,571人、全壊67,421棟 神戸市
2008 7月28日 都賀川水難事故 風水害 死者5人(児童含む) 神戸市消防局
2019 10月12日 令和元年台風第19号 風水害 死者1人 NIED
2020 7月 令和2年7月豪雨 風水害 一部損壊1棟 NIED

※1938年の阪神大水害はNIEDデータセット収録範囲外のため、六甲砂防事務所の記録を引用。


洪水・浸水リスクの詳細

防災DBの125mメッシュ解析による神戸市の洪水リスク。

指標
洪水スコア 100(最大値)
浸水想定メッシュ数 7,966(兵庫県管理河川)+ 121(加古川水系)
最大想定浸水深 10.0m
平均想定浸水深 1.75m

六甲山系から流下する河川は短く急勾配で、増水から浸水までの時間が極端に短い。「大雨警報が出てから避難では間に合わない」という意識が、この街では特に重要だ。

浸水深1.75m(平均値)は「1階がほぼ完全に水没する深さ」であり、垂直避難(2階以上への退避)が不可欠。六甲山系に近い灘区・東灘区・北区の河川沿いでは、土砂を含んだ濁流が押し寄せるため、浸水深以上の破壊力を持つ。


地震リスク——活断層と南海トラフの二重の脅威

直下の活断層

神戸市直下には複数の活断層が存在する。

断層名 想定M 30年発生確率
有馬−高槻断層帯 M7.1 ほぼ0%(直近の活動なし)
六甲・淡路島断層帯(六甲山地南縁〜淡路島東岸) M7.3 ほぼ0%(1995年に活動)
六甲・淡路島断層帯(淡路島西岸) M6.6 ほぼ0%

1995年の阪神・淡路大震災で六甲・淡路島断層帯が活動したため、現在の30年発生確率は極めて低い。ただし、有馬−高槻断層帯はM7.1を想定されながらも近年の活動記録がなく、将来の活動が懸念される。

地盤特性

防災DBの125mメッシュ解析による地震動データ。

指標 平均値 最大値
30年以内に震度6弱以上の確率 10.4% 64.4%
30年以内に震度5弱以上の確率 75.6% 96.0%
表層地盤のS波速度(Vs30) 435.7m/s

30年以内に震度5弱以上の揺れに見舞われる確率が最大96%——これは南海トラフ地震の影響を含んだ値である。南海トラフ地震が発生した場合、神戸市では震度5強〜6弱の揺れが予想されており、さらに大阪湾沿岸部では津波も到達する。

平均Vs30が435.7m/sは比較的硬い地盤だが、六甲山麓の扇状地や埋立地(ポートアイランド等)では局所的に軟弱な地盤が存在する。1995年の震災でも、ポートアイランドでは大規模な液状化が発生し、道路や建物が沈下した。


津波・高潮リスク

大阪湾に面する神戸市は、津波・高潮の両方のリスクを抱える。沿岸部の10,265メッシュで津波・高潮リスクが検出されている。

南海トラフ巨大地震が発生した場合、神戸市沿岸には最大で2〜3m程度の津波が到達すると想定されている。ポートアイランドや六甲アイランドなどの人工島では、地盤の液状化と津波が同時に発生する複合災害の危険性がある。

また、台風接近時の高潮リスクも深刻で、1961年の第二室戸台風では大阪湾沿岸で大規模な高潮被害が発生した歴史がある。


避難施設一覧

神戸市内には390箇所の避難場所が指定されており、うち85箇所が広域避難場所として整備されている。

主な広域避難場所

施設名 所在区 種別
みなとのもり公園(神戸震災復興記念公園) 中央区 広域避難所
メリケンパーク 中央区 広域避難所
なぎさ公園 中央区 広域避難所
会下山公園 兵庫区 広域避難所
住吉公園 東灘区 広域避難所
アジュール舞子 垂水区 広域避難所
だいち小学校 須磨区 指定収容避難所・広域避難所
なぎさ小学校 中央区 指定収容避難所・広域避難所

各区の避難所情報は「くらしの防災ガイド」で確認できる。2024年度版は広報紙KOBE6月号に挟み込んで全戸配布されている。


今からできる備え

1. ハザードマップの確認

神戸市の防災情報は以下のサイトで確認できる。
- 神戸市ハザードマップ(Web版) — 土砂災害・洪水・津波の各ハザードマップを地図上で確認
- くらしの防災ガイド(各区版PDF)

2. 六甲山系の河川には近づかない

都賀川水難事故の教訓として、六甲山系の河川は上流の降雨で急激に増水する。川の水位が低くても、上流で雨が降っていれば数分で危険水位に達する。黒い雲が見えたり、雷鳴が聞こえたりしたら、直ちに河川から離れること。

3. 地震への備え

阪神・淡路大震災では家屋倒壊による圧死が死因の大半を占めた。1981年以前の旧耐震基準で建てられた建物に住んでいる場合は、耐震診断・耐震補強を強く推奨する。神戸市では耐震改修に対する補助制度がある。

4. 備蓄と家族での話し合い

大規模災害時はライフラインが長期間途絶する。最低3日分、できれば1週間分の食料・飲料水・常備薬を備蓄しておこう。家族の集合場所、連絡手段を事前に決めておくことも重要だ。

5. 防災情報の入手手段


データ出典

データ項目 出典 時点
統合リスクスコア・各災害スコア 防災DB(bousaidb.jp) 2024年時点
125mメッシュ洪水浸水想定 防災DB(国土交通省洪水浸水想定区域データに基づく) 2024年時点
125mメッシュ地震確率 防災DB(J-SHIS地震ハザードステーション2024年版に基づく) 2024年時点
災害事例(NIED) 国立研究開発法人防災科学技術研究所 災害事例データベース 記録年
阪神・淡路大震災被害 神戸市公式「被害の状況」 1995年
昭和42年水害 神戸市公式「1967年水害」 / 六甲砂防事務所 1967年
都賀川水難事故 神戸市消防局「都賀川のこと」 2008年
活断層情報 地震調査研究推進本部 2024年時点
避難場所データ 国土数値情報 避難施設データ(国土交通省) 2022年時点
防災ハザードマップ 神戸市ハザードマップ 2024年度版