江東区の災害リスクと過去の被害年表|洪水・高潮・地震・液状化が重なる東京湾岸ゼロメートル地帯

東京都江東区は、防災DBの統合リスクスコアで91(極めて高い)と評価される、都内でも最高水準のリスクを抱える自治体である。洪水100・津波100・高潮100・地震100と、4項目で最高スコアを記録している。

この数値の背景には、区の約4割がゼロメートル地帯であるという地形的宿命がある。荒川・隅田川・中川・旧中川に囲まれた低地に約52万人が暮らし、NIEDの災害事例データベースには1981年以降だけで19件の風水害が記録されている。1981年の台風24号では床下浸水1,365棟という大規模な被害が発生し、2004年の台風22号でも床上浸水85棟の被害を出した。

さらに遡れば、1923年の関東大震災では旧深川区の85%の建物が焼失。1949年のキティ台風では東京湾の高潮がゼロメートル地帯に流入し、一帯が水没した。2011年の東日本大震災では新木場・辰巳で液状化が確認された。

この記事では、防災DBの125mメッシュ解析データと過去の災害記録を基に、江東区が抱えるリスクの全容を解説する。


なぜ江東区は水害に弱いのか——地形と河川の構造的リスク

ゼロメートル地帯の成り立ち

江東区の地形を理解するには、明治以降の地盤沈下の歴史を知る必要がある。大正期から昭和にかけて、工業化に伴う地下水の大量汲み上げにより地盤が最大4m以上沈下した。特に南砂・亀戸周辺では沈下が著しく、満潮時の海面よりも低い「ゼロメートル地帯」が広範囲に形成された。

現在の江東区は周囲を高い堤防で囲まれ、内部の河川水位はポンプで調整されている。いわば「堤防に守られた巨大な盆地」に52万人が暮らしている構図だ。この構造は平常時は機能するが、堤防を越える規模の洪水・高潮が発生した場合、水の逃げ場がなく長期間にわたる浸水が避けられない。

荒川——最大浸水深10mの脅威

防災DBの125mメッシュ解析によると、江東区における荒川氾濫時の想定最大浸水深は10mに達する。これは3階建て建物の屋上に相当する深さであり、通常の避難所では対応できない水位だ。荒川関連のメッシュは3,327メッシュにわたり、平均浸水深も2.29mと高い。

荒川に加えて、旧中川(826メッシュ)、隅田川(211メッシュ)、神田川(168メッシュ)、中川(59メッシュ)の氾濫リスクも重なる。複数河川の同時氾濫が起きた場合、区内のほぼ全域が浸水する可能性がある。

浸水深の具体的イメージ

想定浸水深 生活への影響 江東区での該当範囲
0.5m未満 床下浸水、車の走行困難 隅田川沿い一部
0.5〜3m 1階天井まで水没、歩行不可 旧中川流域
3〜5m 2階床上浸水 荒川沿い広域
5〜10m 3階以上まで水没 荒川氾濫の最深部

浸水継続時間は最大336時間(14日間)と推計されている。排水施設が機能しない最悪のケースでは、2週間以上にわたって水が引かない計算だ。


過去の主要災害——繰り返される水害と震災

関東大震災(1923年9月1日)

江東区の前身である旧深川区では、建物の85%が焼失し、世帯の92.7%が被災した。旧城東区に当たる亀戸・大島・砂町地域でも延焼が広がり、全壊450棟、半壊538棟の被害を記録している。

地震動による直接的な建物倒壊に加え、密集した木造住宅地での火災が被害を拡大させた。現在の江東区は高層マンションが増加しているものの、亀戸・大島・北砂地域には依然として木造密集地が残っている。

キティ台風(1949年8月31日)

台風の通過が満潮時と重なり、東京湾で高潮が発生した。荒川流域のゼロメートル地帯のほぼ全域が浸水し、江東区は壊滅的な被害を受けた。この災害を契機に、東京都は海岸堤防の大規模な整備事業に着手した。

東京大空襲(1945年3月10日)

災害ではないが、江東区の都市構造を決定的に変えた出来事として記録すべきである。旧深川区・旧城東区のほぼ全域が焼失し、3万人以上の死者を出した。戦後の復興過程で区画整理と堤防整備が進められ、現在の都市構造の基盤が形成された。

1981年 台風24号(10月22日)

NIEDのデータベースによると、江東区で記録された風水害の中で最大の被害をもたらした台風である。床上浸水60棟、床下浸水1,365棟の被害が発生した。内水氾濫(下水道の処理能力を超えた雨水の溢水)が主な浸水原因であり、ゼロメートル地帯の排水能力の限界を露呈した。

2004年 台風22号(10月9日)

床上浸水85棟、床下浸水22棟の被害を記録。台風22号は10月としては記録的な暴風雨をもたらし、東京23区でも広域に浸水被害が発生した。江東区では特に亀戸・大島地区で浸水が集中した。

東日本大震災(2011年3月11日)

震度5強を観測。新木場・辰巳・有明など湾岸埋立地で液状化現象が発生した。新木場では道路に土砂が噴出して堆積し、新木場周回道路は全長8kmのうち約4kmで片側2車線を1車線に規制された。辰巳1丁目でも噴砂が確認されている。

一方、豊洲・有明地区では公園やグラウンドでわずかに液状化の痕跡が確認されたものの、建物への大きな被害は報告されていない。

令和元年 台風15号・19号(2019年)

台風15号(房総半島台風)で一部損壊12棟、台風19号(東日本台風)で一部損壊1棟の被害を記録。大規模な浸水被害には至らなかったが、荒川の水位が上昇し、江東5区では自主的な広域避難の呼びかけが行われた。


災害年表(NIEDデータベース + 補足)

月日 災害名 主な被害 出典
1923 9/1 関東大震災 旧深川区85%焼失、全壊450棟(旧城東区) 三井住友トラスト不動産「深川・城東」
1949 8/31 キティ台風 ゼロメートル地帯ほぼ全域浸水 Wikipedia「キティ台風」
1981 10/22 台風24号 床上60、床下1,365 NIED
1986 8/4 台風10号 床上2、床下20 NIED
1993 6/21 大雨 床上5、床下24 NIED
1993 8/26 台風11号 床上9、床下70 NIED
2000 7/4 大雨 床上6、床下35 NIED
2004 10/9 台風22号 床上85、床下22 NIED
2004 10/20 台風23号 床上4、床下5 NIED
2007 8/24 大雨 床上15、床下35 NIED
2009 10/8 台風18号 被害詳細なし NIED
2010 9/8 台風9号 床上2、床下4 NIED
2010 12/3 大雨 床上2 NIED
2011 3/11 東日本大震災 新木場・辰巳で液状化 江東区HP
2011 8/19 大雨 床上1、床下1 NIED
2011 8/26 大雨 床上1、床下2 NIED
2011 9/21 台風15号 倒木569本 NIED
2013 10/15 台風26号 床上1、床下20 NIED
2014 9/10 大雨 床上10、床下12 NIED
2014 10/6 台風18号 被害詳細なし NIED
2019 9月 台風15号(房総半島台風) 一部損壊12 NIED
2019 台風19号(東日本台風) 一部損壊1 NIED

1981年以降だけで19件の風水害が記録されている。平均すると約2年に1回のペースで浸水被害が発生している計算になる。


地震リスク——震度6弱以上の確率は平均73.7%

30年以内の地震発生確率

防災DBの125mメッシュ解析(J-SHIS 2024年データ)によると、江東区内の地震動予測値は以下の通りである。

指標 平均値 最大値
30年以内に震度6弱以上 73.67% 95.21%
30年以内に震度5弱以上 99.99% 100.0%
表層地盤S波速度(AVS30) 164.1 m/s

震度5弱以上はほぼ確実に経験する。震度6弱以上の確率が平均73.67%という数値は、全国の市区町村と比較しても極めて高い水準である。

AVS30(表層地盤のS波速度)が164.1m/sという値は、地盤が軟弱であることを示している。一般的にAVS30が200m/s以下の地域は地震動が増幅されやすく、同じ震源の地震でも揺れが大きくなる傾向がある。

活断層

江東区に直接影響する活断層として立川断層帯(想定M6.8、30年発生確率1.35%)がある。立川断層帯は多摩地域を走る断層だが、影響メッシュは240,288に達し、東京東部にも大きな揺れをもたらす可能性がある。

ただし、江東区にとってより現実的な脅威は、首都直下地震(M7クラス)や南海トラフ巨大地震(M9クラス)による長周期地震動である。特に軟弱地盤上の高層マンションは長周期地震動の影響を受けやすく、豊洲・有明・東雲といったタワーマンション集積地域では注意が必要だ。


液状化リスク——湾岸埋立地の課題

江東区の液状化スコアは60(中程度〜やや高い)。2011年の東日本大震災で実際に液状化が発生した地域は以下の通りである(江東区公式発表)。

  • 新木場全域 — 最も広範囲に液状化が発生。道路に土砂が噴出・堆積
  • 辰巳1丁目、辰巳2丁目 — 噴砂を確認
  • 新砂2丁目〜5丁目 — 部分的に液状化
  • 若洲2丁目 — 液状化確認

豊洲・有明地区では建物への大きな被害は報告されなかったが、これらの地域も埋立地である以上、より大規模な地震では液状化が発生するリスクは残る。


高潮・津波リスク——東京湾沿岸の複合脅威

高潮

江東区の高潮スコアは100(最高値)。防災DBの解析では4,503メッシュが津波・高潮の影響範囲に入っている。

1949年のキティ台風では東京湾の高潮によりゼロメートル地帯が広域浸水した歴史がある。現在は海岸堤防が整備されているものの、想定を超える高潮が発生した場合の浸水深は最大で数メートルに達すると想定されている。

津波

津波スコアも100。東京湾内の津波は外洋に比べて波高は低いものの、ゼロメートル地帯では数十センチの津波でも浸水リスクがある。南海トラフ巨大地震による東京湾内の津波は最大2m程度と想定されているが、満潮と重なった場合は堤防を越える可能性が指摘されている。


江東5区の広域避難計画

江東区は墨田区・足立区・葛飾区・江戸川区とともに「江東5区」として、大規模水害時の広域避難計画を策定している。

計画の概要

  • 対象人口: 約249万人
  • 想定: 荒川氾濫 + 高潮の複合シナリオ
  • 避難方針: 浸水域外への「広域避難」を基本とする
  • 避難開始: 台風接近の3日前から段階的に開始

江東5区では、域内の避難所だけでは全住民を収容できないため、浸水しない地域への「域外避難」が原則とされている。これは、従来の「最寄りの避難所に行く」という常識が通用しない地域であることを意味する。


避難施設

江東区内には185箇所の避難施設が指定されている。ただし、大規模水害時には区内の避難所が水没するリスクがあるため、荒川氾濫シナリオでは区外への広域避難が推奨されるという点は見逃せない。

主な避難所(抜粋):

施設名 住所 種別
元加賀小学校 白河4-3-19 避難所
亀戸スポーツセンター 亀戸8-22-1 避難所
亀戸文化センター 亀戸2-19-1 避難所
ホテルイースト21東京 東陽6-3-2 避難所
中村中学高等学校 清澄2-3-15 避難所
スポーツ会館 北砂1-2-9 避難所

全避難施設の位置は防災DBで確認できる。


今からできる備え

1. ハザードマップを確認する

江東区は3種類の水害ハザードマップを公表している。自宅がどの浸水想定区域に含まれるか、必ず確認しておきたい。

2. 広域避難先を決めておく

江東区内の避難所は大規模水害時に水没するリスクがある。浸水域外の知人宅・親戚宅・ホテルなど、「域外に逃げる先」を事前に決めておくことが最も重要な防災対策となる。

3. 液状化への備え(湾岸地域)

新木場・辰巳・有明・豊洲地域の居住者は、液状化時に備えて以下の対策を検討する。

  • 家具の固定(通常の地震対策に加え、床面の傾きにも対応)
  • 車両の保管場所の確認(液状化で駐車場が使用不能になる可能性)
  • 徒歩での避難経路の確認(液状化で道路が通行不能になる可能性)

4. 備蓄は2週間分を目安に

荒川氾濫時の浸水継続は最大2週間以上と想定されている。通常の「3日分」では不足するため、可能であれば2週間分の食料・飲料水・生活用品の備蓄が推奨される。


データ出典

本記事のデータは以下の情報源に基づいています。

  • 防災DB(bousaidb.jp) — 統合リスクスコア、125mメッシュ解析データ、避難施設データ
  • 防災科学技術研究所(NIED)災害事例データベース — 過去の災害被害記録
  • J-SHIS(地震ハザードステーション) — 地震動予測データ(2024年版)
  • 国土交通省 不動産情報ライブラリ — 洪水浸水想定区域、土砂災害警戒区域、津波浸水想定
  • 国土地理院 — 標高データ、地形分類
  • 江東区水害ハザードマップ — 区公式浸水想定
  • 江東区 東日本大震災の被害状況 — 液状化被害の公式記録
  • 江東5区大規模水害広域避難計画 — 広域避難方針
  • 三井住友トラスト不動産「深川・城東」 — 関東大震災の被害記録