おいらせ町は、青森県東部の太平洋沿岸に位置する人口約2万4千人の町である。2006年に旧百石町と旧下田町が合併して誕生した。十和田湖を源流とする奥入瀬川が町の南部を東流して太平洋に注ぎ、北部には五戸川が流れる。この二つの河川の氾濫原に市街地が広がり、東側は太平洋に直接面している。
防災DBの統合リスクスコアは89点(極めて高い)。洪水・津波・地震・高潮の4項目がいずれも最高スコア100を記録しており、複合的な災害リスクを抱える自治体である。過去130年間にNIEDデータベースで11件の災害が記録されており、1896年の明治三陸大津波では百石地区だけで140名が犠牲になった。
この町の災害リスクの特徴――なぜ「極めて高い」のか
おいらせ町の災害リスクが突出して高い理由は、地形にある。
町の東部は太平洋に直接面する低地で、標高10m未満の沿岸部が広がる。ここに明治三陸津波(1896年)、昭和三陸津波(1933年)、チリ地震津波(1960年)、そして東日本大震災(2011年)と、繰り返し津波が押し寄せてきた。
内陸部では、奥入瀬川と五戸川という二つの河川が町域を貫流する。防災DBの125mメッシュ解析によると、五戸川沿いでは最大浸水深5.0m(1階天井を超える水位)が想定され、奥入瀬川沿いでも同様に最大5.0mの浸水が見込まれる。浸水継続時間は最大72時間に達し、3日間にわたって水が引かない可能性がある。
地盤も軟弱である。町内の平均表層地盤S波速度(Avs30)は231.9m/sで、一般に「やや軟弱な地盤」に分類される値だ。30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率は平均23.67%、最大で51.12%。震度5弱以上に至っては平均95.1%と、ほぼ確実に強い揺れを経験する計算になる。
さらに、特別豪雪地帯に指定されており、冬季の融雪に伴う洪水リスクも見逃せない。
過去の主要災害
明治三陸大津波(1896年6月15日)――死者140名の惨禍
おいらせ町(旧百石町)の災害史上、最も甚大な被害をもたらしたのが明治三陸大津波である。1896年6月15日午後7時32分頃、三陸沖でマグニチュード8.2の地震が発生した。揺れ自体は震度2〜3程度で、住民の多くは地震に気づかなかったとされる。
しかし、約30分後に巨大津波が三陸沿岸を襲った。三陸沿岸全体での死者は約2万2千名にのぼり、岩手県だけで約1万8千名が犠牲になった。旧百石地区では死者140名、負傷者154名という壊滅的な被害を記録している(出典:おいらせ町地域防災計画 地震編)。
この津波は、揺れが小さかったために避難が遅れたことが被害を拡大させた典型例として、現在の防災教育でも語り継がれている。
昭和三陸津波(1933年3月3日)――前回の教訓は活きたか
1933年3月3日、三陸沖でマグニチュード8.1の地震が発生し、再び大津波が太平洋沿岸を襲った。旧百石地区では死者1名、負傷者20名、半壊4棟の被害が記録されている(出典:おいらせ町地域防災計画 地震編)。
明治三陸津波と比べると人的被害は大幅に減少しているが、これは37年前の津波の記憶が住民に残っていたことや、高台移転を進めた集落があったことが要因とされる。ただし、建物被害は依然として発生しており、津波の脅威が消えたわけではなかった。
十勝沖地震(1968年5月16日)――広域を揺るがしたM7.9
1968年5月16日、青森県東方沖でマグニチュード7.9の巨大地震が発生した。北海道・青森県・岩手県で震度5を観測し、三陸沿岸全域で52名が死亡、330名が負傷、全半壊3,000棟以上という甚大な被害をもたらした。おいらせ町(当時の百石町・下田町)でも全壊家屋が発生している(出典:おいらせ町地域防災計画 地震編)。
三陸はるか沖地震(1994年12月28日)
1994年12月28日、三陸沖でマグニチュード7.6の地震が発生した。隣接する八戸市では震度6を記録し、広域で死者3名、負傷者788名、全壊72棟、半壊429棟の被害が出た。おいらせ町でも全壊家屋が確認されている(出典:おいらせ町地域防災計画 地震編)。
この地震は、1968年十勝沖地震で破壊されなかった断層面が滑ったとされ、同じ海域で繰り返し大地震が発生することを改めて示した。
東日本大震災(2011年3月11日)
2011年3月11日のマグニチュード9.0の地震と津波は、おいらせ町にも大きな被害をもたらした。町は東日本大震災アーカイブを公開し、震災復興計画を策定して復興に取り組んだ(出典:おいらせ町ホームページ)。太平洋に面する沿岸部では津波による浸水被害が発生し、町は震災の記憶を次世代に伝えるための取り組みを続けている。
令和元年の台風被害(2019年)
2019年は二つの大型台風がおいらせ町を直撃した。9月の台風第15号(令和元年房総半島台風)では半壊1棟、一部損壊19棟の被害が発生。続く10月12日の台風第19号(令和元年東日本台風)では床上浸水が確認されたほか、床下浸水45棟、一部損壊31棟と、より広範囲な被害となった。
災害年表
| 年月日 | 災害名 | 種別 | 主な被害 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| 1896年6月15日 | 明治三陸大津波 | 地震・津波 | 死者140名、負傷154名 | おいらせ町地域防災計画 地震編 |
| 1933年3月3日 | 昭和三陸津波 | 地震・津波 | 死者1名、負傷20名、半壊4棟 | おいらせ町地域防災計画 地震編 |
| 1958年9月26日 | 狩野川台風 | 風水害 | 床上浸水130棟、一部損壊50棟 | おいらせ町地域防災計画 風水害等編 |
| 1960年5月24日 | チリ地震津波 | 地震・津波 | 負傷1名、全壊5棟 | おいらせ町地域防災計画 地震編 |
| 1968年5月16日 | 十勝沖地震 | 地震 | 全壊あり | おいらせ町地域防災計画 地震編 |
| 1981年8月23日 | 集中豪雨 | 洪水 | 床上浸水10棟、床下浸水35棟 | おいらせ町地域防災計画 風水害等編 |
| 1994年12月28日 | 三陸はるか沖地震 | 地震 | 全壊あり | おいらせ町地域防災計画 地震編 |
| 2011年3月11日 | 東日本大震災 | 地震・津波 | 津波浸水被害あり | おいらせ町震災復興計画 |
| 2019年9月 | 台風第15号 | 風水害 | 半壊1棟、一部損壊19棟 | 内閣府被害状況報告 |
| 2019年10月12日 | 台風第19号 | 風水害 | 床下浸水45棟、一部損壊31棟 | 内閣府被害状況報告 |
| 2020年7月17日 | 令和2年7月豪雨 | 洪水 | 床下浸水3棟、一部損壊2棟 | 内閣府被害状況報告 |
洪水・浸水リスク――奥入瀬川と五戸川の脅威
おいらせ町を流れる主要河川の洪水リスクを、防災DBの125mメッシュ解析データで整理する。
| 河川名 | 影響メッシュ数 | 最大浸水深 | 平均浸水深 | 最大継続時間 |
|---|---|---|---|---|
| 五戸川 | 1,068 | 5.0m | 1.6m | 72時間 |
| 奥入瀬川 | 1,016 | 5.0m | 1.45m | 72時間 |
| 明神川 | 217 | 3.0m | 0.81m | 72時間 |
| 古間木川 | 31 | 3.0m | 0.79m | 12時間 |
| 高瀬川 | 24 | 0.5m | 0.4m | 168時間 |
五戸川と奥入瀬川はいずれも最大浸水深5.0mが想定されている。5.0mとは2階の床上まで達する水位であり、垂直避難では対応しきれない深さだ。平均浸水深も1.5m前後で、1階が完全に水没する水準にある。
浸水継続時間が最大72時間(3日間)に達する点も深刻である。浸水が長期化すると、孤立世帯への物資供給や救助活動が困難になる。特に、五戸川と奥入瀬川に挟まれた市街地中心部では、両河川が同時に氾濫した場合に退路が断たれるおそれがある。
1958年の狩野川台風では実際に130棟が床上浸水し、1981年の集中豪雨でも45棟が浸水被害を受けている。河川氾濫は、この町では「起こりうる想定」ではなく「繰り返し起きてきた現実」である。
土砂災害リスク
おいらせ町内には12か所の土砂災害ハザード区域が指定されている(土砂災害スコア:50)。125mメッシュ解析では55メッシュが土砂災害の影響域として検出されており、町の西部〜南部の丘陵地帯に集中している。
2020年の令和2年7月豪雨では土石流が発生し(NIED記録で斜面災害確認)、一部損壊2棟の被害が出ている。平野部が多い町だが、丘陵部の斜面崩壊や土石流には注意が必要である。
地震リスク――三陸沖の宿命
おいらせ町は三陸沖の地震活動の直接的な影響下にある。過去130年間で明治三陸地震(1896年)、昭和三陸地震(1933年)、十勝沖地震(1968年)、三陸はるか沖地震(1994年)、東日本大震災(2011年)と、大規模地震が繰り返し発生している。
防災DBの125mメッシュ解析による地震リスクデータ(2024年時点)は以下の通りである。
| 指標 | 平均値 | 最大値 |
|---|---|---|
| 30年以内 震度6弱以上確率 | 23.67% | 51.12% |
| 30年以内 震度5弱以上確率 | 95.10% | 99.78% |
| 表層地盤S波速度(Avs30) | 231.9m/s | ― |
震度5弱以上の確率が95%を超えており、今後30年間にほぼ確実に強い揺れを経験する。Avs30が231.9m/sと低いことは、地盤が柔らかく揺れが増幅されやすいことを意味する。特に奥入瀬川や五戸川沿いの沖積低地では、液状化リスク(スコア:40)にも留意が必要だ。
近隣の活断層としては、青森湾西岸断層帯(想定マグニチュード6.8、30年発生確率0.66%)がある。この断層はおいらせ町の西方に位置するが、影響範囲は広域に及ぶ。
津波リスク――太平洋沿岸の宿命
おいらせ町の太平洋沿岸部は、繰り返し津波の被害を受けてきた。防災DBの125mメッシュ解析では、2,723メッシュが津波・高潮の影響域として検出されている。
歴史的に確認されている主な津波被害は以下の通りである。
| 年 | 津波名 | 主な被害 |
|---|---|---|
| 1896年 | 明治三陸津波 | 死者140名、負傷154名 |
| 1933年 | 昭和三陸津波 | 死者1名、負傷20名 |
| 1960年 | チリ地震津波 | 負傷1名、全壊5棟 |
| 2011年 | 東日本大震災 | 浸水被害あり |
約30〜40年の間隔で大きな津波が来襲しており、東日本大震災(2011年)から15年が経過した現在、次の津波への備えは一層重要性を増している。町内には一川目地区生活会館や二川目地区生活会館、明神山公園など、津波避難所が複数指定されている。
避難施設一覧
おいらせ町には58か所の避難施設が指定されている。主要な施設は以下の通りである。
| 施設名 | 住所 | 種別 |
|---|---|---|
| いきいき館 | 下前田158-1 | 収容避難所・一時避難場所 |
| いちょう公園体育館 | 沼端14-161 | 収容避難所・一時避難場所 |
| みなくる館 | 下前田145-1 | 収容避難所・一時避難場所 |
| 北公民館 | 青葉二丁目50-1395 | 収容避難所・一時避難場所 |
| 中央公民館 | 中下田159 | 収容避難所 |
| 下田中学校 | 立蛇121 | 収容避難所 |
| 下田小学校 | 舘越38 | 収容避難所 |
| 木ノ下中学校 | 上久保22-2 | 収容避難所 |
| 一川目地区生活会館 | 一川目二丁目65-441 | 一時避難場所 |
| 二川目地区生活会館 | 二川目三丁目53-1 | 一時避難場所・津波避難所 |
| 明神山コミュニティ防災センター | 松原一丁目73-460 | 一時避難場所 |
| 明神山公園 | ― | 津波避難所 |
特に沿岸部の住民は、津波警報発令時には明神山公園や一川目児童公園など高台の津波避難所へ速やかに避難することが求められる。
今からできる備え
おいらせ町で暮らす上で、以下の備えを確認しておきたい。
ハザードマップの確認 — おいらせ町は「防災安全マップ(令和4年8月版)」を公開している。洪水・津波・土砂災害・火山災害・ため池災害の浸水想定区域と避難所が記載されており、自宅周辺のリスクを確認できる。
→ おいらせ町 防災安全マップ
避難経路の事前確認 — 津波の場合は海岸から離れる方向(西側の高台)へ、河川氾濫の場合は五戸川・奥入瀬川から離れる方向へ避難する。五戸川と奥入瀬川に挟まれた地域では、どちらの河川が氾濫しても退避できるよう、複数の避難経路を把握しておくことが重要である。
備蓄の準備 — 洪水時の浸水継続時間が最大72時間(3日間)に及ぶ想定があるため、最低3日分の水・食料・医薬品の備蓄が必要である。冬季は暖房手段の確保も欠かせない。
地震・津波への日常的な備え — 震度5弱以上の確率が95%を超えているため、家具の固定、非常持出袋の準備は必須である。津波警報が発令された場合は、揺れの大小にかかわらず直ちに高台へ避難する。1896年の明治三陸津波では、揺れが小さかったために避難が遅れて140名が犠牲になった教訓を忘れてはならない。
データ出典
本記事のデータは以下の情報源に基づいている。
- 防災DB(bousaidb.jp) — 統合リスクスコア、125mメッシュ解析データ(洪水・津波・地震・土砂災害)
- おいらせ町地域防災計画(地震編・風水害等編) — 過去の災害記録(NIEDデータベース収録分)
- おいらせ町 防災安全マップ(令和4年8月版) — ハザードマップ
- おいらせ町 東日本大震災アーカイブ — 震災記録
- 内閣府 報告書(1896 明治三陸地震津波) — 明治三陸津波の被害概要
- 地震調査研究推進本部 三陸沖北部 — 地震発生確率
- 防災科学技術研究所(NIED) — 災害事例データベース
- 国土数値情報(国土交通省) — 避難施設データ
- J-SHIS(防災科学技術研究所) — 地震ハザードデータ(Avs30、地震動予測地図)
防災DB