愛知県設楽町の災害リスクと被害歴史 — 矢作川の洪水・土砂崩れ・大地震、山間部が抱える複合リスク

愛知県北設楽郡設楽町は、人口約4,000人の小規模な山間の町だ。しかし、防災DBが算出した統合リスクスコアは92点(極めて高い)。全国の市区町村の上位クラスのリスクを抱えている。急峻な山地地形、矢作川と豊川の源流部が交差する複雑な水系、東海地震・南海トラフ地震に備えた高水準の揺れリスク——小さな町が背負う災害の複合性は、人口規模とは比例しない。

設楽町では2020年7月の令和2年豪雨でも矢作川流域での被害が記録されている。国土交通省が事業費約3,200億円を投じて建設中の「設楽ダム」は、繰り返される洪水被害への国家的な対応の一つだ。

この記事では、防災DBの125mメッシュ解析データと公的出典を組み合わせ、設楽町の災害リスクを多角的に解説する。


この町の災害リスクの特徴

設楽町は愛知県北東部の三河高地に位置する。標高500〜1,240mの山岳地帯に囲まれ、矢作川(やはぎがわ)と豊川(とよがわ)の源流域にあたる。山が急峻なため、大雨が降ると土砂・洪水の同時多発リスクが生じやすい地形だ。

防災DBのリスクスコアを分解すると、以下の構成になっている(2024年データ基準)。

リスク種別 スコア(0〜100) 評価
洪水 100 最大級
土砂災害 50 中程度
地震 集計中
統合スコア 92 極めて高い

洪水スコアが100点満点を記録している点が際立つ。これは、設楽町内の河川(主に矢作川水系)の想定最大浸水深が10mを超えるメッシュが多数存在することに起因する。

なぜ設楽町は洪水に弱いのか

答えは地形にある。三河高地の深い谷間を縫うように矢作川が流れるこの地域では、上流部で降った雨が急峻な斜面を一気に集める「集水地形」となっている。矢作川の支流である大入川(おおいりがわ)や段戸川(だんどがわ)も、短距離で大きな高度差を持つ急流だ。1時間に50mmを超えるような豪雨が降れば、谷間の集落はたちまち浸水の危機にさらされる。

さらに、設楽町は山間の急斜面が集落に隣接している地区が多い。豪雨では洪水と土砂災害が同時に発生する「複合災害」のリスクが特に高いのがこの地域の特徴だ。


過去の主要災害

令和2年7月豪雨(2020年7月5日)

防災科学技術研究所(NIED)の自然災害データベースに設楽町の被害として登録されている近年の事例が、令和2年7月豪雨だ。2020年7月5日、九州を中心に甚大な被害をもたらした梅雨前線による豪雨は東海地方にも及び、矢作川流域でも被害が確認された。内閣府による被害状況報告(第6報)に設楽町が記録されている。

伊勢湾台風(1959年9月)

1959年(昭和34年)9月26日に上陸した伊勢湾台風は、愛知県全域に未曾有の被害をもたらした。死者・行方不明者は全国で5,000人を超え、愛知県だけで3,200名以上が犠牲となった。設楽町周辺の山間部でも土砂崩れや河川氾濫による被害が発生している。

この台風を教訓に、日本では1961年に「災害対策基本法」が制定された。しかし設楽町のような山間集落では、法整備から60年以上が経過した現在も、地形的リスクの本質は変わっていない。

東海豪雨(2000年9月)

2000年9月の東海豪雨では、矢作川流域の下流部(岡崎市・幸田町など)で深刻な洪水被害が発生した。設楽町から流れ出る矢作川の水が下流域に押し寄せた形で、上流部から下流部にわたる矢作川の連続的な洪水リスクを改めて示した出来事だった。愛知県では岡崎市を中心に床上浸水が多発し、矢作川水系の治水強化が急務として認識された。

過去の主要水害 年表

主な出来事
1959年 伊勢湾台風。愛知県で死者・行方不明者3,200名以上
2000年 東海豪雨。矢作川下流域(岡崎市など)で甚大な浸水被害
2020年 令和2年7月豪雨。設楽町での被害が記録

NIEDデータベースの設楽町登録件数は1件(2020年)だが、これはデータベースの収録範囲を反映したものであり、近現代以前の被害も含めれば多数の水害が記録されている。矢作川の歴史的な洪水については、愛知県のまとめた過去水害一覧(愛知県公式サイト)が詳しい。


洪水・浸水リスク:最大浸水深10mの現実

防災DBが保有する125mメッシュの洪水浸水想定データ(想定最大規模)によると、設楽町内に影響する主要河川は次の通りだ。

河川名 影響メッシュ数 想定最大浸水深 平均浸水深 継続時間(最大)
矢作川 503 10.0m 3.0m
阿多古川 18 10.0m 4.6m 24時間
乙川 12 5.0m 2.1m 168時間

矢作川が圧倒的な影響範囲を持つ。影響メッシュ503個(1メッシュ = 125m四方)は、約7.8km²に相当する。

浸水深を体感として理解するために、具体的なイメージを示しておく。

  • 1m: 大人の腰まで。歩行が困難になり、車はエンジン停止する
  • 2m: 大人の頭まで。住宅の1階が全没する水位
  • 3m: 住宅1階天井まで浸水。2階以上への脱出が必要
  • 5m: 2階の窓高さまで浸水。2階建て住宅では2階も危険
  • 10m: 3階建て建物の屋根が完全に水没する深さ

矢作川の想定最大浸水深は10m。平均値でも3mに達する。これは、設楽ダムが完成していない現状において、想定外の豪雨が発生した場合、矢作川沿いの低地集落では生命を守れる空間が急速に失われることを意味する。

乙川では最大168時間(7日間)にわたる浸水継続が想定されており、洪水が「短期間で引く」という前提が通じない河川であることも覚えておく必要がある。


土砂災害リスク:703メッシュの警戒域

設楽町内の土砂災害ハザードメッシュ数は703個(125m四方)。面積換算で約11km²に相当する範囲に土砂災害のリスクが存在する。

山地が町域の大半を占める設楽町では、土砂災害警戒区域(イエローゾーン)・特別警戒区域(レッドゾーン)が居住地に近接するケースが多い。地元住民であっても「自宅がどのゾーンにあるか」を把握していないケースは少なくない。自治体発行のハザードマップと照合して、自宅・職場・通学路の位置を確認しておくことが第一歩だ。

特に注意すべきは、豪雨と土砂崩れの「組み合わせ」だ。矢作川が増水して河岸が浸水し始めると同時に、山側では土石流や崖崩れが発生する。避難しようとして道路が土砂で塞がれるケースは、過去の山間部の災害で繰り返し記録されている。避難は警戒情報が出る前の早期行動が命を守る。


地震リスク:震度6弱以上30年確率は最大77%

設楽町は南海トラフ地震・東海地震の強震動域に位置する。防災DBの125mメッシュ地震確率データ(政府地震調査研究推進本部・2024年公表値)によると、以下の数値が確認されている。

指標 平均値 最大値
震度6弱以上(30年確率) 23.3% 77.3%
震度5弱以上(30年確率) 78.9% 95.6%
地盤S波速度(Avs30) 723m/s

震度6弱以上の30年確率・最大値が77.3%というのは、統計的にきわめて高い水準だ。これはメッシュ内の最大値であり、設楽町全域の平均ではないが、「今後30年以内に震度6弱以上の揺れを受ける可能性が、一部地点で4回中3回以上」という計算になる。

地盤のS波速度(Avs30)平均値は723m/sで、比較的硬い地盤(山地の岩盤質)を示している。ただし、急傾斜地では地形による地震動の増幅(地形増幅)が生じうる点と、急斜面の多い山間地では地震動が土砂崩れを誘発しやすいという点に注意が必要だ。

南海トラフ地震の想定では、設楽町は震度6強〜7の揺れが到達する可能性がある地域とされており、洪水・土砂災害に加えて地震の複合被害リスクを念頭に置いた防災計画が求められる。


設楽ダム建設:2034年完成・事業費3,200億円

設楽町の治水・利水の最大施策が、建設中の設楽ダムだ。国土交通省中部地方整備局が進める大規模ダム事業で、豊川水系の寒狭川(かんさがわ)に建設されている。

建設目的
1. 治水(洪水調節): 豊川流域で繰り返されてきた洪水被害の軽減。ダムが上流の雨水を一時貯留し、下流への洪水ピークを低減する
2. 流水の正常な機能維持(渇水対策): 平成17年・平成24〜26年と相次いだ渇水への対応。河川環境保全も兼ねる
3. 新規利水: 東三河地域への水道用水・農業用水の供給(約0.5m³/s)

項目 内容
所在地 愛知県北設楽郡設楽町(寒狭川)
事業費 約3,200億円(当初2,400億円→増額)
完成予定 2034年度(当初2026年度から8年延期)
主な目的 治水・渇水対策・利水

設楽ダムが完成すれば豊川流域の治水安全度は大きく向上する。一方、矢作川水系の洪水リスクについては別途の治水対策が引き続き必要であり、ダム完成後も設楽町の洪水ゼロは保証されない。

(出典: 国土交通省 設楽ダム工事事務所 / 愛知県公式


避難施設一覧

設楽町内の指定避難所は25か所(2024年時点)。広域避難場所の指定はない。山間部の分散した集落に合わせて各地区に避難所が分散配置されている。

施設名 所在地 種別
したら保健福祉センター 田口字向木屋4 避難所
田口小学校 田口字白根1-1 避難所・一時避難場所
田口特産物振興センター 田口字向木屋3-1 避難所
清嶺小学校 清崎字箱上24 避難所・一時避難場所
名倉体育館 東納庫字ヲトシ山1-6 避難所
設楽福祉村・キラリンとーぷ 東納庫字松山6-23 避難所・一時避難場所
つぐグリーンプラザ 津具字下川原6-1 避難所・一時避難場所
基幹集落センター 津具字見出13 避難所・一時避難場所
農業構造改善センター 津具字本間7 避難所・一時避難場所
旧八橋小学校 八橋字西地14 避難所・一時避難場所
豊邦交流センター 豊邦字ホソノ10 避難所・一時避難場所
田村農村環境改善センター 田峯字手籠前37 避難所
豊川市野外教育センターきららの里 田峯字段戸1-1 避難所・一時避難場所
偕楽園 津具字大島24 避難所・一時避難場所
老人憩いの家 津具字奥平山23 避難所・一時避難場所
沖駒集会所 西納庫字沖ノ平101-5 避難所
豊橋市神田ふれあいセンター 神田字大石6 避難所
神田こんにゃく村 神田字川端21 避難所

豪雨・土砂災害・地震が同時に発生した場合、山間道路の通行止めや施設の損壊により、上記の避難所が全て使えるとは限らない。平時から「複数の避難所候補」と「そこへ至る経路の代替ルート」を確認しておくことが、山間地の防災では特に重要だ。

ハザードマップポータル(国土地理院)で最新の避難所情報を確認する


今からできる備え

自治体公式防災ページを確認する

設楽町は独自の防災アプリを提供しており、各種ハザードマップをPDF形式でオフライン閲覧できる。

山間部特有の防災ポイント

早めの避難判断を家族で決める: 山間部は気象情報が届いてから実際の増水・土砂崩れまでの時間が非常に短い。「大雨警報が発令されたら行動開始」という具体的なトリガーを家族で共有しておく。

複数の避難ルートを確認する: 豪雨時は土砂崩れで幹線道路が寸断されることが多い。主要ルートだけでなく、少なくとも1本の代替ルートを平時に確認しておく。

7日分の備蓄を確保する: 孤立集落になった場合に備え、飲料水(1人1日3L目安)・食料・常備薬を最低7日分備蓄する。特に川沿いに住む場合は「浸水しない高所」に備蓄品を移動させておく。

地震対策も並行して行う: 震度6弱以上の確率が高い地域では、家具の固定・建物の耐震診断・非常用持ち出し袋の準備を平時に完了させておく。


データ出典

データ 出典
統合リスクスコア・洪水浸水想定・土砂災害・地震確率 防災DB(bousaidb.jp)(国土交通省・内閣府・政府地震調査研究推進本部等の公開データを集計・解析)
過去の災害事例 防災科学技術研究所(NIED)自然災害データベース
設楽ダム建設情報 国土交通省中部地方整備局 設楽ダム工事事務所(https://www.cbr.mlit.go.jp/shitara/)
愛知県の水害履歴 愛知県公式サイト(https://www.pref.aichi.jp/soshiki/kasen/kako-suigai.html)
避難場所情報 国土数値情報(避難施設データ p20)
ハザードマップ 国土地理院ハザードマップポータル(https://disaportal.gsi.go.jp/)

記事内の数値データはすべて公的機関のオープンデータに基づきます。防災計画の策定・不動産評価等に活用する場合は、最新の自治体公式データもあわせてご確認ください。

著者: 防災DB編集部
最終更新: 2026年4月