リスク評価

東京都千代田区付近

35.6836, 139.7541 標高 14.1m 過疎山間集落
家族で決めること
過疎山間集落 向け。備蓄・連絡・避難先を確認
あなたの家族構成(任意・チェックするとアクションが追加されます)
今週やる
高齢化が進む山間集落。自助共助の備えが何より重要です。
買うもの
  • 飲料水2週間分
  • 非常食2週間分
  • 簡易トイレ14日分
  • 無線機
  • 車のスタッドレスタイヤ・チェーン(冬季)
やること
  • 自主防災組織で役割分担を決める
  • 要配慮者の自宅と連絡手段をマッピングする
  • 集落単位の避難訓練を年1回実施する
警報が出たら
要配慮者の避難を最優先にします。
やること
  • 警戒レベル3で集落全員の行動を開始する
  • 徒歩避難ルートと車両経路の両方を準備する
  • 高齢者は車で早めに送り出す
発災したら
公助は1週間届かない前提で行動します。
やること
  • 医薬品・燃料・食料を集落で共有する
  • アマチュア無線・地域防災無線で外部連絡する
  • 交代で見張り・安否確認を続ける
防災グッズ選びのコツ

水・食料は「人数×7日」が基本。水は1人3L/日(飲料+調理)、食料はアルファ米・レトルト・缶詰など調理不要のものを中心に。ローリングストック(普段多めに買って使った分を買い足す)で無理なく維持できます。

簡易トイレは盲点になりがち。7日分×家族人数が目安。被災時の断水は1週間以上続くことが多く、トイレ問題は衛生面・精神面の両方で命に直結します。

モバイルバッテリーは容量と口数。10,000mAh以上で家族複数台を充電できるもの。USB Type-C PD対応だとスマホ急速充電にも使えます。停電が長引いたら手回しラジオも強い味方。

家具固定は「今すぐ1万円」で命を守る。L字金具+突っ張り棒+滑り止めマットで、冷蔵庫・食器棚・テレビを固定。震度6強では家具転倒が死傷の最大要因なので、耐震補強の前にまず固定を。

次に確認する公式情報

避難先と公式情報を確認する

災害時に使うリンク、避難先、自治体の計画原文をここから確認します。

避難先と避難経路を確認するイメージ
最寄り緊急避難場所
周辺避難所 19件

地図上の点を押して、徒歩圏と対応災害を確認してください。

地図で見る
千代田区のハザードマップを確認するイメージ
ハザードマップ
千代田区のハザードマップ

自治体が公開している地図で、浸水・土砂・津波などを最終確認します。

案内を見る
千代田区の地域防災計画を確認するイメージ
地域防災計画
千代田区の地域防災計画

公式ページから原文を確認できます。 計 994ページ。

千代田区の自治体公式HPを確認するイメージ
自治体公式HP
千代田区の公式HP

避難情報、開設避難所、通行止めなどの最新発表を確認します。

公式HPへ
地震 81
5弱以上
99.9%
5強以上
90.5%
6弱以上
42.9%
6強以上
7.1%
地盤増幅率 1.36
全壊確率 58.5%
地震リスクが非常に高い地域です。耐震補強は最優先事項です。 30年以内に震度6弱以上の確率は42.9%です。
建物被害の目安を計算
建物の築年数・構造を選ぶと、震度6強・震度7が起きた場合の平均的な被害の目安を計算します。個別の建物の施工状態、劣化、増改築の状況は反映していません。
震度6強で全壊確率
-
震度7で全壊確率
-
この地点で今後30年以内に 震度6強以上が起きる確率: 7.1%
この計算は個別の耐震診断ではありません。詳しい考え方はスコア計算ロジックで確認できます。
洪水 21
近隣
浸水深 0.5m
河川 荒川
125m以内に指定区域あり 近隣最大 0.5m
直接の浸水想定区域外ですが、125m以内に浸水想定区域があります。近隣の最大浸水深は0.5mです。(荒川)
津波 0
区域外
津波浸水想定区域の指定外です。
高潮 0
区域外
高潮浸水想定区域の指定外です。
土砂災害 0
区域外
土砂災害警戒区域の指定外です。
液状化 14
AVS30 279m/s
簡易LPI 2.1
液状化リスクは低い地域です。
千代田区の液状化・住宅リスクをもっと詳しく
メッシュ属性
平均傾斜
7.5°
この地域の過去の災害
令和元年台風第15号 2019年9月
名称不明 1993年8月
床上168棟
名称不明 1991年9月
床上49棟
名称不明 1989年8月
床上94棟
名称不明 1983年6月
床上2棟
この地域の災害の記憶
必要に応じて、半径10km以内の災害伝承碑・過去の大きな地震を確認
  1. 1933
    地震 関東大震災十周年記念 1.44km
    関東大震災(1923年9月1日) / 地震
    大正12年(1923)9月1日午前11時58分に発生した関東大震災は、死者99,331人、行方不明者43,476人、全壊家屋128,226戸、焼失家屋447,128戸等にも及ぶ大惨事となった。碑に刻まれた標語の「不意の地震に不断の用意」は、長くこの日をしのび二度と惨害をくりかえさぬよう、注意を喚起するものである。
  2. 1939
    地震 工部大学校阯碑 1.53km
    関東大震災(1923年9月1日) / 地震
    大正12年(1923)9月1日の関東大震災は死者10万人、全壊・全焼30万棟を超える日本史上最大の自然災害であった。この地にあった過去に工部大学校として使われた建物も倒壊し、復興事業で文部省や会計検査院などが建てられた。碑は倒壊した建物のレンガなどで作られている。
  3. 1924
    地震 震災記念の碑 1.7km
    関東大震災(1923年9月1日) / 地震
    大正12年(1923)9月1日の関東大震災は死者10万人、焼失家屋20万棟を超える大災害であった。周囲が焼け野原となった中、ここにあった鉄筋コンクリート4階建の学校が焼け残り、避難所等として大いに役に立ったことは天の助けだったとして、イチョウの木を植えて感謝の意を表した。
  4. 1926
    地震 震災記念聖観世音菩薩像 2.26km
    関東大震災(1923年9月1日) / 地震
    大正12年(1923)9月1日に起きた関東大震災では火災が各地で発生し、新橋、愛宕、浜松町一帯が灰燼に帰した。芝区(現在の港区の一部)では世帯の半数近くが焼失し、この地(伝叟院)で死者を火葬に付した。
  5. 1924
    地震 大震火災遭難者追悼碑 2.4km
    関東大震災(1923年9月1日) / 地震
    大正12年(1923)9月1日午前11時58分に発生した関東大震災では、昼食を準備していた家庭の竈(かまど)や七輪から火災が発生し、折からの強風によってたちまち延焼した。旧日本橋区全体の被害世帯数は、全壊家屋174、焼失家屋21,616、死者・行方不明者は1,189人に及んだ。犠牲者の9割近くが地震発生後の火災によるものであった。
  6. 1968
    地震 防火守護地の碑 2.82km
    関東大震災(1923年9月1日) / 地震
    大正12年(1923)9月1日の関東大震災は死者10万人を超える日本史上最大の自然災害であった。特に火災による被害が大きく、20万棟以上の家屋が全焼した。しかし、この付近一帯は、震災直後に町の人が一致協力して消火と延焼を防ぐ努力を長時間続けたことにより焼失をまぬがれた。
  7. 1930
    地震 大正大震火災横死者之碑 2.87km
    関東大震災(1923年9月1日) / 地震
    大正12年(1923)9月1日午前11時58分、相模湾北部を震源としてマグニチュード7.9の大地震と大火災が発生した。旧本郷区(現在の文京区東部)では、地震の被害は下町より少なかったが、本郷南部と帝大内の2箇所で火災が発生し、旧本郷区の死者・行方不明者の9割が焼死であった。
  8. 1933
    地震 避難記念 3.35km
    関東大震災(1923年9月1日) / 地震
    大正12年(1923)9月1日午前11時58分に発生した関東大震災では、昼食を準備していた家庭の竈(かまど)や七輪から火災が発生し、折からの強風によってたちまち延焼した。隅田川の橋の多くが焼け落ちるなか、鋼鉄でできた当時の新大橋は大きな損害を被ることなく、火災から避難していた多くの人命を救った。
  9. 1924
    地震 大震火災竪川岸遭難者追善石造地蔵菩薩立像 3.59km
    関東大震災(1923年9月1日) / 地震
    関東大震災が発生した大正12年(1923)9月1日の午後、堅川岸では黒煙と猛火に包まれた数百の避難民が堅川へ身を投じ、多数の溺死者が出た。また焼死者も多数出た。台石に「大正十二年九月一日大震火災堅川岸遭難者追善のために」と刻まれていることから、この地蔵菩薩は、この時の犠牲者の霊を追善供養するために建立されたものと考えられる。建立年月は大正13年11月(施主の…
  10. 1856
    地震 安政江戸地震圧死者供養塔 3.59km
    安政江戸地震(1855年11月11日) / 地震
    安政2年10月2日(1855年11月11日)の午後10時頃、江戸において大地震が発生し、圧死・焼死する者が数万人に達した。そこで大和屋九八を中心とする麻布の左官職の仲間がその犠牲者の霊の困苦を祓うために仏名塔の建立を企図し、増上寺の大僧正冠譽がその志を褒めて南無阿弥陀仏の六字名号を揮毫して与えた。碑文にはおおむねこのようにある。
  11. 1789
    地震 信州浅間山噴火以来天災横死者供養塔 3.59km
    天明3年浅間山噴火ほか(1783年8月4日) / 火山災害・その他
    江戸幕府11代将軍徳川家斉は、寺社奉行松平信道を介して浅間山噴火以来の度重なる災害の中で亡くなった犠牲者の荒霊を供養すべく、天明8年(1789)12月29日付けで、京都、江戸、陸奥、出羽、上野の名刹6か寺に対して鎮魂の法会を執行するように命じた。これにより、増上寺から指示を受けた回向院でも寛政元年(1789)2月11日から13日にかけて江戸市中の大小寺院の援…
  12. 1866
    地震 地震焼亡横死諸群靈塔 3.61km
    安政江戸地震(1855年11月11日) / 地震
    本所の熊本新田藩下屋敷と中之郷竹町の住人たちが慶應2年(1866)3月に共同建立した供養塔。正面に回向院17世猛譽得行が揮毫した大書の六字名号が彫られ、左面に「地震焼亡横死諸群靈搭」と彫られている。明治期の回向院境内図に「安政地震塚」として描かれている。
  13. 1785
    地震 天明三年癸卯七月七日八日信州上州地変横死之諸霊魂等供養塔 3.61km
    天明3年浅間山噴火(1783年8月4日) / 火山災害
    正面に天明3年(1783)7月に発生した浅間山の大噴火による犠牲者が供養の対象であることを示す碑銘が彫られている。また他3面に、「紙屋喜八」ら8名を世話人とした「朝参講中」が賽銭を積み立ててこの供養塔を建立したとする主旨の銘文が彫られている。
  14. 1857
    地震 安政二年・三年両度天災横死諸靈魂追善供養塔 3.64km
    安政江戸地震(1855年11月11日)安政江戸台風(1856年9月23日) / 地震・その他
    安政2年10月2日(1855年11月11日)の午後10時頃、江戸で大地震が発生し、これにより人家や倉庫が倒壊すると共に数十か所で火災も発生し、多数の圧死者・焼死者が出た。また翌3年8月25日(1856年9月23日)の午後8時頃には大風雨(台風)により家々が倒壊し、川岸では水が溢れて家々が流され、多数の圧死者・溺死者が出た。両度の横死者の霊魂を供養するために、…
  15. 1924
    地震 震災殉職記念碑 3.67km
    関東大震災(1923年9月1日) / 地震
    大正12年(1923)9月1日午前11時58分、相模湾北部を震源としてマグニチュード7.9の大地震とそれにともなう大火災が発生し、博文館小石川工場の一部が倒壊し、労働者41名の死者がでた。
出典: 国土地理院 自然災害伝承碑(CC BY 4.0) / 気象庁 震度データベース
ハザードマップ出典: 国土交通省 ハザードマップポータルサイト / 地域防災計画・自治体公式HP出典: 各市区町村公式ページ

J-SHIS(防災科研) / 国土数値情報(国交省)

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