三重県朝日町の災害リスクと歴史 ― 洪水・津波・南海トラフが重なる伊勢湾岸最前線
三重県三重郡朝日町は、面積約6km²と三重県内で最も小さい自治体だ。しかし「小さい」ことと「安全」であることは全く異なる。防災DB(bousaidb.jp)が算出した統合リスクスコアは89点(極めて高い)。洪水・津波・高潮の3項目がいずれもスコア100を記録し、南海トラフ地震の直撃リスクも重なる。伊勢湾に面した低地の宿命として、この町は記録が始まって以来、繰り返し水と地震の脅威にさらされてきた。
1969年8月8日の大水害では死者4名・負傷者128名・床上浸水965戸という甚大な被害が出た。1959年の伊勢湾台風では全壊51棟・半壊20棟。そして近い将来発生するとされる南海トラフ巨大地震は、町域の約23%にあたる136haを浸水させると三重県が試算している。
この記事では、過去140年以上の災害記録と最新のハザードデータを組み合わせ、朝日町が直面するリスクの全体像を整理する。
なぜ朝日町はこれほど災害に弱いのか
伊勢湾岸低地という地形的宿命
朝日町は三重県北部、員弁川と朝明川に挟まれた低地に位置する。北は員弁川(いなべがわ、別名・町屋川)を挟んで桑名市に接し、南は朝明川(あさけがわ)を境に四日市市と隣り合う。東側は伊勢湾に面した埋立地・低平地が広がる。
町の北西部には丘陵(鮮新世後期〜更新世前期に形成)があるが、縄生・小向・柿・埋縄といった主要集落はいずれも低地部に集中している。海抜は多くの地点で数メートル以下であり、「ゼロメートル地帯」に近い区域も存在する。
この地形は、3つの理由で災害脆弱性を高める。
第一に洪水・高潮の浸水リスクだ。南から北上する台風が伊勢湾に進入すると、湾内の海水が吹き寄せられ異常に高くなる高潮が発生する。1959年の伊勢湾台風では名古屋港で平均海面比3.89mの高潮が観測された。伊勢湾北岸に位置する朝日町はその直撃を受ける位置にある。
第二に津波の浸透リスクだ。南海トラフ地震が発生した場合、遮るものの少ない伊勢湾奥部まで津波が到達する。三重県の被害想定(L2・最大クラス)では、朝日町の津波浸水面積は136haに及ぶ。
第三に地盤の軟弱性だ。防災DBの125mメッシュ解析によると、町内の平均表層地盤S波速度(AVS30)は259.9m/s。これは工学的基盤に比べ揺れが増幅されやすい軟弱な地盤であることを示す。液状化リスクスコアも40と中程度で、南海トラフ地震時に震度6強が想定される地域(町域の73%)では液状化による建物・インフラへの深刻な被害が起こりうる。
過去の主要災害 ― 140年以上の記録が語ること
1912年7月22日 ― 死者20名の大水害
朝日町の防災計画資料に記録された最大の人的被害がこの水害だ。1912年(明治45年)7月22日、死者20名が記録されている。台風・暴風雨による洪水(種別コード4:風水害)とみられる。明治期の堤防整備は現代より脆弱であり、当時の員弁川・朝明川の堤防が決壊した際の破壊力は計り知れない。詳細な経緯は朝日町地域防災計画資料編に記録されている。
1959年9月26日 ― 伊勢湾台風
昭和最大の自然災害とも称される伊勢湾台風は、三重県に1,273名の死者・行方不明者をもたらした。隣接する長島町では383名、旧桑名市では201名が犠牲になった。朝日町の被害はNIEDデータによれば全壊51棟・半壊20棟・床上浸水36戸・床下浸水45戸。高潮による浸水が低地全域を覆い、多数の家屋が倒壊・流出した。この災害は三重県北部の海岸堤防整備の契機となり、伊勢湾岸の防災インフラが大幅に強化された。
1969年8月8日 ― 昭和最大の水害被害
朝日町の近代における最大の水害がこの年の洪水だ。死者4名・負傷者128名・床上浸水965戸・床下浸水168戸・全壊7棟・半壊7棟・一部損壊17棟という壊滅的な被害が記録されている(朝日町地域防災計画資料編)。河川の越水・決壊が広範囲の浸水を引き起こし、低地全域が水没状態になったとみられる。床上浸水965戸は当時の全世帯の相当割合に相当し、いかに広域かつ深刻な浸水だったかを示す。
1971年8月31日 ― 台風による大規模浸水
1971年(昭和46年)8月31日の台風により、床上浸水102戸・床下浸水262戸の被害が発生。この年代は高度経済成長期にあたり、住宅密集が進んだ低地での被害が顕在化した時期だ。
1979年3月 ― 一部損壊296棟の強風被害
1979年3月の暴風(種別コード4)では、全壊1棟・半壊27棟・一部損壊296棟という建物被害が発生。一部損壊の棟数は過去最多クラスで、広域にわたって屋根や外壁の損傷が相次いだことを示す。
1985年7月8日 ― 床下浸水120戸
1985年(昭和60年)7月8日の洪水では床上浸水4戸・床下浸水120戸。水害のたびに繰り返される低地浸水のパターンが、この年も踏襲された。
2020年7月28日 ― 令和2年7月豪雨
九州を中心に甚大な被害をもたらした令和2年7月豪雨は朝日町にも影響した。床下浸水26戸・半壊1棟が記録されている。治水整備が進んだ現代においても、記録的豪雨の前では浸水を防ぎきれない実態が示された。
全災害年表
以下は朝日町の主要な被害記録(NIEDデータベースより)だ。
| 年 | 月日 | 災害種別 | 死者 | 負傷者 | 床上浸水 | 床下浸水 | 全壊 | 半壊 | 一部損壊 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1885 | 7/1 | 風水害 | 1 | — | — | — | — | — | 5 |
| 1912 | 7/22 | 風水害 | 20 | — | — | — | — | — | — |
| 1955 | 2/20 | 風水害 | — | — | — | — | — | 105 | — |
| 1956 | 7/17 | 風水害 | 1 | — | — | — | — | — | — |
| 1957 | 7/7 | 風水害 | — | — | 9 | 230 | — | — | — |
| 1959 | 9/26 | 伊勢湾台風 | — | — | 36 | 45 | 51 | 20 | — |
| 1964 | 7/12 | 風水害 | — | — | 3 | 9 | — | — | — |
| 1969 | 8/8 | 洪水 | 4 | 128 | 965 | 168 | 7 | 7 | 17 |
| 1971 | 8/31 | 台風 | — | — | 102 | 262 | — | — | — |
| 1972 | 9/10 | 洪水 | — | 3 | 5 | 191 | — | 1 | 1 |
| 1974 | 7/25 | 台風 | — | — | 21 | 110 | 2 | — | — |
| 1975 | 6/9 | 台風 | — | 1 | — | — | 8 | — | — |
| 1979 | 3/31 | 強風 | — | — | — | — | 1 | 27 | 296 |
| 1984 | 12 | 雪害 | 1 | — | — | 36 | — | — | — |
| 1985 | 7/8 | 洪水 | — | — | 4 | 120 | — | — | — |
| 1991 | 9/27 | 台風 | — | — | — | — | — | 1 | 8 |
| 1995 | 7/11 | 洪水 | — | — | — | 4 | — | — | — |
| 1998 | 8/6 | 風水害 | — | — | — | 12 | — | — | — |
| 2000 | 9/11 | 東海豪雨 | — | — | 9 | 29 | — | — | — |
| 2005 | 1 | 雪害 | 1 | — | — | — | — | — | — |
| 2010 | 7/2 | 洪水 | — | — | — | 3 | — | — | — |
| 2020 | 7/28 | 令和2年7月豪雨 | — | — | — | 26 | — | 1 | — |
出典:NIED自然災害データベース(朝日町地域防災計画資料編含む)
洪水・浸水リスク ― 三方を囲む河川と木曽川の脅威
主要河川と想定浸水深
防災DBが125mメッシュ単位で解析した浸水リスクを河川別に示す。
| 河川名 | 影響メッシュ数 | 最大浸水深 | 平均浸水深 | 最大浸水継続 |
|---|---|---|---|---|
| 木曽川 | 5,519 | 10.0m | 3.12m | 336時間 |
| 朝明川 | 1,450 | 5.0m | 1.47m | 336時間 |
| 員弁川 | 1,405 | 5.0m | 1.87m | 336時間 |
| 三滝川 | 1,207 | 10.0m | 0.82m | 72時間 |
| 肱江川 | 214 | 10.0m | 2.85m | 336時間 |
最大影響を持つのは木曽川だ。隣接する桑名市側を流れる木曽川が決壊した場合、その浸水域が朝日町の低地全域に及ぶことを示している。最大浸水深10m、継続時間336時間(約14日間)という数値は、1階・2階が完全に水没し2週間近く水が引かないシナリオを意味する。
浸水深のイメージとして:
- 0.5m: 歩行困難・車は立往生
- 1m: 床上浸水・1階が使用不能
- 3m: 1階天井まで到達・2階の床下まで水没
- 5m: 2階窓まで到達・生命に関わる高さ
- 10m: 3階建て家屋が完全水没するレベル
三重県が公表した洪水浸水想定区域図では、員弁川・朝明川の計画規模(概ね100年に1度)の洪水で朝日町全域がほぼ浸水し、想定最大規模(1,000年に1度)ではさらに広域・深い浸水が想定されている。
地震リスク ― 震度6強が町域の73%を覆う
30年以内の地震発生確率
防災DBの125mメッシュデータによると、朝日町内の震度6弱以上の地震が30年以内に発生する確率は平均50.85%、最大74.91%に達する。震度5弱以上では平均89.95%、最大97.3%だ。
これは全国的に見ても極めて高い数値だ。南海トラフ地震の発生確率(30年以内70〜80%)と連動した高確率であり、この地域での地震への備えは喫緊の課題となっている。
周辺の活断層
| 断層名 | 想定M | 30年発生確率 |
|---|---|---|
| 鈴鹿沖断層 | 6.7 | 0.729% |
| 鈴鹿坂下断層帯 | 6.8 | 0.379% |
| 鈴鹿西縁断層帯 | 7.0 | 0.111% |
| 伊勢湾断層帯主部北部 | 6.7 | ほぼ0% |
| 伊勢湾断層帯主部南部 | 6.4 | ほぼ0% |
| 鈴鹿東縁断層帯 | 7.0 | ほぼ0% |
南海トラフ地震の危険性が突出しているが、伊勢湾断層帯(M6.4〜6.7)や鈴鹿沖断層(M6.7)といった独立した活断層も周囲を取り囲んでいる。これらが単独で活動した場合でも、朝日町では震度6クラスの揺れが想定される。
南海トラフ地震の想定被害
三重県の被害想定(L2・最大クラス、冬・深夜想定)によると:
- 死者数: 約40人(建物倒壊等約20人、津波約10人)
- 全壊・焼失: 約700棟
- 半壊: 約1,100棟
- 震度6強エリア: 町域の73%(約4.3km²)
- 液状化「極めて高い」: 町域の38%(約2.3km²)
液状化は建物・地盤・ライフラインに深刻な影響を与える。低地に集中する住宅地・工場地帯が広く「極めて高い」ゾーンに入っている点は見逃せない。
津波・高潮リスク ― 浸水136haが意味すること
朝日町は伊勢湾の奥部に位置し、外洋に直接面していない。しかし南海トラフ地震が発生すると津波が伊勢湾内を伝播し、閉じた湾内では波が収束して増幅されるリスクがある。
防災DB(bousaidb.jp)の125mメッシュ解析では、津波・高潮に関連するメッシュ数が11,780に達する。これは朝日町を包含するエリアで非常に広い沿岸浸水リスクを示す数値だ。
三重県の被害想定では津波浸水面積はL2で136ha(町域の約23%)、L1(過去最大クラス)でも98ha。浸水深は主体0.01〜5.0m、一部で5〜10mゾーンも存在する。
また高潮スコアも100(最高値)であり、台風接近時の高潮浸水リスクも極めて高い。伊勢湾台風(1959年)の教訓から整備された海岸堤防・防潮堤は一定の効果を持つが、想定を超える高潮には対応できない可能性がある。
土砂災害リスク ― 北西丘陵部の165メッシュ
朝日町は低地主体だが、北西部の丘陵地には土砂災害の危険があり、NIEDデータでも土砂災害警戒区域が確認されている。防災DBでは土砂災害関連メッシュが165。
土砂災害は低地の洪水・津波に比べると規模は限定的だが、丘陵部に住む住民は、大雨や地震後の二次災害としての土砂崩れに注意が必要だ。
避難施設一覧
朝日町内の指定避難場所・避難施設は以下の通り。町の面積が小さいため、いずれも徒歩圏内に位置する。
| 施設名 | 住所 | 種別 |
|---|---|---|
| 朝日中学校 | 朝日町柿2838番地 | 避難場所・避難地 |
| 朝日小学校 | 朝日町柿750番地 | 避難場所・避難地 |
| うらら公園 | 朝日町白梅の丘西二丁目8番地1 | 避難地 |
| 梅ヶ丘第一公園 | 朝日町柿3252番地 | 避難地 |
| 梅ヶ丘第二公園 | 朝日町柿3179番地 | 避難地 |
| 植松公園 | 朝日町埋縄1367番地 | 避難地 |
| 町民スポーツ施設 | 朝日町柿2822番地1 | 避難地 |
| 保健福祉センター | 朝日町小向891番地5 | 避難場所 |
| 教育文化施設 | 朝日町柿2278番地 | 避難場所 |
| 白梅西公民館 | 朝日町白梅の丘西一丁目8番地3 | 避難場所 |
| 縄生公民館 | 朝日町縄生713番地1 | 避難場所 |
| 小向公民館 | 朝日町小向849番地4 | 避難場所 |
| 柿公民館 | 朝日町柿2049番地 | 避難場所 |
| 当新田地区公民館 | 朝日町大字縄生1142番地1 | 避難場所 |
| 埋縄公民館 | 朝日町埋縄994番地 | 避難場所 |
出典:国土数値情報 避難施設データ(p20)
注意: 洪水・津波発生時には低地にある施設が浸水リスクを持つ。朝日中学校・朝日小学校など相対的に高い位置にある施設や、丘陵部への垂直避難を優先してほしい。ハザードマップで自宅からの避難ルートと指定避難場所の浸水リスクを必ず事前確認すること。
今からできる備え
朝日町の公式ハザードマップ・防災情報
- 朝日町公式防災ページ: https://www2.town.asahi.mie.jp/www/contents/1533012830871/index.html
- 朝日町ハザードマップ(令和4年3月更新): https://www2.town.asahi.mie.jp/www/contents/1001000000473/index.html
- 洪水・土砂災害・津波・高潮・液状化の5種のハザードマップを収録
- 三重県ハザードマップ一覧: https://www.pref.mie.lg.jp/D1BOUSAI/75148007862.htm
- 朝明川水系洪水浸水想定区域図(三重県): https://www.pref.mie.lg.jp/KASEN/HP/84415046848_00001.htm
- 員弁川水系洪水浸水想定区域図(三重県): https://www.pref.mie.lg.jp/KASEN/HP/84413046846_00001.htm
具体的な備え
- ハザードマップで自宅の浸水深を確認する ― 洪水・津波それぞれの想定浸水深を確認し、「どの避難場所に、どのルートで行くか」を事前に決めておく
- 垂直避難先を確認する ― 朝日中学校・教育文化施設など、より高い建物での垂直避難先を把握しておく
- 南海トラフ地震の「1分でも早い」避難を心がける ― 朝日町への津波到達まで、揺れから30分以内という想定もある。揺れたらすぐ高台・高層建物へ
- 備蓄品の準備 ― 洪水で浸水継続336時間(14日間)となるシナリオもある。少なくとも7日分の食料・飲料水・医薬品を準備する
- 液状化対策 ― 地震後は水道・ガス・電気の復旧が遅れる可能性がある。断水対応の備蓄水(1人1日3L×7日分)を確保する
データ出典
| データ | 出典 | 備考 |
|---|---|---|
| 統合リスクスコア・メッシュ解析 | 防災DB(bousaidb.jp) | 125mメッシュ解析、2024年版 |
| 過去の災害事例 | NIED自然災害データベース | 朝日町地域防災計画資料編(※)含む |
| 活断層データ | 産業技術総合研究所 活断層データベース | fault_masterテーブル |
| 地震発生確率 | 地震調査研究推進本部 全国地震動予測地図2024年版 | 30年確率 |
| 南海トラフ地震被害想定 | 三重県 市町別想定結果シート(朝日町) | L1/L2別想定 |
| 避難施設データ | 国土数値情報 避難施設(nlftp_p20) | |
| 洪水浸水想定区域 | 三重県河川課 朝明川・員弁川水系浸水想定区域図 | |
| 地形・地質 | 国土地理院・Wikipedia(三重県朝日町) |
※ NIEDデータには複数のbasho_shi「朝日町」が含まれる可能性がある。本記事の災害データは「朝日町地域防災計画資料編」を出典とする三重県朝日町の記録として掲載。詳細は朝日町防災担当窓口にお問い合わせください。
この記事は防災DB(bousaidb.jp)が公開するオープンデータと公的機関の情報をもとに、防災DB編集部が作成しました。データの誤りや最新情報との乖離を発見した場合はフィードバックをお寄せください。
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